散る時を知る 2

−雁州国玄英宮にて−



 堯天ではすでに桜の季節は終わっていたが、関弓の桜は満開だった。浩瀚等視察団一行が玄英宮に辿り着くと、雁国主従は不在だったが冢宰の院白沢が出迎えた。白沢はさらに浩瀚等一行を掌客殿まで案内し、浩瀚のために用意した廂房まで同行した。そこでは既に茶の用意が整っていた。

「前以てお伝えした通り今回の視察に連れてきた者達の位階は高くありません。わたし自身も冢宰に任じられたばかりで、雁国の冢宰の足元にも及ばない若輩者です。このように過分な接待は小人には落ち着かなくなります。冢宰にはどうか我等のことは府官にまかせて政務にお戻り下さい」
白沢は笑みを浮かべて首を横に振った。
「男王の宮殿は堅苦しくなりがちですが、どうか気を悪くなさらないでもらいたい。それに、冢宰の位にあると下働きばかりで外からの客をもてなせる機会は滅多にないものでしてな。ここは同じ冢宰職を頂く誼でお付き合い願えませぬか」
「大恩ある雁国冢宰殿のお役に立つならば喜んで」
白沢は笑みを浮かべてゆったりと大きく頷いた。
「お互い官位で呼び合うのも味気ない、白沢で構いませんよ。わたしも字で呼ばせてもらいましょう。浩瀚殿は位階の低い者を集めたとおっしゃるが、朝廷の利権が混乱している間に体制を整えようと差別意識のない自由に動ける者達を選んだのではないですかな」
「お見通しであったとは恐れ入ります。朝廷内の体制が整ってしまえば旧来からの利害関係もまた整ってまいりしょう。そうなればまた、王を蔑ろにする輩も勢いを盛り返して抵抗してきます。今ならば主上の初勅を盾に半獣と海客の差別を完全に撤廃することが可能です。それも、海客を受け入れる体勢が整っている雁国があればこその思いつきです。どうか後進に道を賜りたく存じます」
「なに、我が国も今の主上が登極された折に勅命で断行なされたことでもあったのですよ。あの頃の雁国は滅びたとまで言われるほど民が減っていたこともあり、皆が力を合わせて国を建て直したものです。それに主上は官吏を入れ替えている余裕はないと、腹心の者を低い位階に留め置き、上には腑抜けを配して自由に動けるようにしておりましたな」
「さすがに延帝は抜かりがありませんね。わたしも自身の力の及ぶ限りで参考にさせていただきましょう」
「荒民や海客の問題は雁と慶は協力し合った方が互いの国のためになりましょう。胎果の王同士だけではなく、我等も親交を深めませぬかな」
浩瀚は力強く頷いた。
「今はまだ微力ではありますが、是非に」





 その日の夜には慶国官吏等を持て成す宴が催され、それぞれの担当に見合った雁国側の官吏達を紹介されて、歓談していた。浩瀚の相手は三公や冢宰、それに六官の長という蒼々たる顔ぶれだった。彼らの関心は隣国の冢宰の品定めもあったが、浩瀚は必要以上に自分を大きく見せる気はなかった。
「さすが、五百年の治世を支え続けるだけあって、豊かな食材が揃っていますね。それに上質の酒を振る舞っていただき、恐縮です」
「なんのこれしき、畏まらずに楽しんでいただきたい。こちらの方こそ、我が主上と台輔がよくお世話になっているのですから、これくらいは当然のことでしょう」
雁国冢宰の白沢の言葉に皆が頷いた。
「延王におかれましては、同じ胎果の王として我が主上の苦労がお解りなのでしょう。わたし共にとって蓬莱は想像の埒外にあります。500年前は皆様も大変だったのではありませんか?」
「さて、当時のわたしは元州州宰でしたが、新王が胎果とは知りませんでしたな。主上が登極した当時の状況を知る者は大司寇のみです」
皆の視線を集めて、見た目は誰よりも若い整った顔立ちの大司寇はくつりと笑った。
「あの方には初めから常世や玉座に対する戸惑いはありませんでした。ですから、わたしはこちらと蓬莱が大きく異なる世界だとは思ってもいなかったのです。そして、当時州宰だった冢宰が主上が胎果であることを知らなかったのは、当時の三公と冢宰が主上が胎果であることを知られれば朝廷が混乱することを恐れたためにひた隠しにしていたからです。もっとも、他の思惑があってのことでしたが」
浩瀚は大司寇朱衡の言葉に頷いた。
「自分たちだけが知っていれば、こちらのことを何も知らない王を操れると考えたのですね。彼らがここにいないというのは、そういったことでしょう」
「ええ、ですが主上は人手不足の当時の国のために彼等をそのままにしておいたのです。国が落ち着き、官が入れ替わった時に改めて主上が胎果であると公に報せたのですが、その時にはもう主上の風変わりな言動に皆が納得しただけでした。台輔は蓬莱によくお渡りになられますが、主上が蓬莱を語られることはありません。主上が蓬莱を忍ばれることがあるとすれば桜の花が咲く今の時期だけです」
「それは桜の花がお好きだと言うことですか?」
「毎年、桜が咲いたと聞けば散るまでお戻りにはなられませんね。それは単に好きというだけではないのでしょう。蓬莱で花と言えば桜なのだそうですよ。海客も皆桜が好きです」
「では、府邸や皆が集まる場所に桜を植えれば海客もこちらに馴染みやすくなるかもしれませんね」
浩瀚の言葉に雁国の最高頭脳達は目を見開いた。
「それは景王君もお喜びになられましょう。さすが、主上に気に入られているだけはある」
言われて浩瀚は首を傾げた。
「延帝がわたしをですか?」
「和州で乱を起こしたことがあるそうですな?」
浩瀚は僅かに片眉を上げた。金波宮ではそれで官吏の資格がないと囁く者も多く、事情を知らない他国の者ならば尚更であろうとは思っていたことだった。





「そう警戒をなさらずとも、大体の事情は主上から聞いています。それに、ここにいる者の殆どは似たような経歴を持った者ばかりですから、貴方が主上に気に入られていることもわかるのですよ」
白沢の言葉にくつくつと笑うこの雁国の誇る頭脳集団に浩瀚は五百年の治世の一端を垣間見た。


This fanfiction is written by SUIGYOKU in 2006.
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