散る時を知る 1

−慶東国金波宮にて−



 それは赤楽2年の春、浩瀚が冢宰に封じられたばかりの頃、堯天では春の陽気が続いて桃園の花が散り始め、そろそろ桜が咲き始めようとしていた時期だった。
 積翠台に呼び出されると、そこには景王陽子と太師の松伯がいた。浩瀚は両手を袖で被ったまま重ねると恭しく持ち上げ、二人に向かって深く頭を下げた。
「浩瀚が忙しいことを承知で頼みたいのだが、雁国に視察に行ってもらえないだろうか?」
浩瀚は顔を上げると笑みを浮かべた。
「主上がわたしでなくてはならないと仰せならば否はございません。何をして参ればよろしいのでしょうか?」
「そう言ってもらえて嬉しい。実は延王が協力できることは遠慮なく言えと仰るので、海客の受け入れ体制を視察させて欲しいとお願いしておいた。今まで差別を受けてきた海客や半獣を一般の民として受け入れるには早急に体制を整える必要がある。その為には朝廷の人事が落ち着くまで待たずに浩瀚に行ってもらったほうが早いと太師が仰るのでな、浩瀚の考えも聞かせて欲しい」
「主上の初勅を徹底させるためにも、急いだ方がよろしいでしょう。それに荒民を国に戻すためにも雁国の官吏と協力しあえれば、双国の為にもなります。是非行かせて下さい」
「面倒を全て押し付けて申し訳ないと思っているが、よろしく頼む」
彼の主の一つに括って結い上げた紅い髪が揺れて彼女の肩を滑り落ちた。
浩瀚は簡単に頭を下げる主に溜息をついたが、卑屈さのない潔さに笑みも浮かんだ。
「わたしが不在の間に大変なのは主上と太師です。実務は他の者に割り振りますが、冢宰としての官印に代われるものは王の御璽しかございません。政務は常の倍になりますが、太師とよくご相談されて乗り切って下さい」
気真面目な彼の主は顎を引き締めて「わかった」と言ったが、太師はくつくつと笑っていた。
「陽子はそんなに気張らなくともよい。浩瀚は儂に大いに働けと言っておるのじゃよ。浩瀚は雁国でのんびりしてこい、とでも言ってやるがよかろう」
長い白い髭を撫でながら言う太師に陽子は目を見開くと、くつりと笑って浩瀚に片目をつむってみせた。
「だそうだ」
「では、お言葉に甘えさせて頂きます」
浩瀚は袖の中に両手を納めたまま高く掲げ、拱手をした。


This fanfiction is written by SUIGYOKU in 2006.
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