蒼の孤独もしくは嘆きの蜃気楼
(二) 偽 王 1




「金波宮の連中が次王の入城を拒否しているだと?」
「そういう噂です。次王は征州に避難されて各州に協力を呼びかけているようです」
足止めされていた女達の帰省状況を視察に行って、戻ってきた浩瀚に桓堆が報告していた。柴望は未だ麦州に残っている女達の説得に当たっていた。
「いくら金波宮の連中が慾惚けしていてもそれはないだろう。その王は本物ではないな」
「偽王だと仰るのですね。しかし、彼女の為人(ひととなり)は大層な人気だそうですよ」
「美人なのか?」
「それと大変頭が良く、覇気のある方らしいとのことです」
揶揄って笑う浩瀚に桓堆は憮然として答えた。
「それでも、王ではない。いいか?桓堆、主上がお困りになって、台輔が真っ先に頼るのはこの麦州だ。その台輔の要請がない限り、麦州は動かない」
桓堆は困ったように頭を掻いた。
「それがですね、師帥の三人達がもう、駆けつけてしまったんですよ。七千からの部隊を引き連れて」
浩瀚は頭を抱えた。
「桓堆、美女に負けたな」
「ええ、連中は貴方とわたしのような色気のない人間に嫌気がさしたんでしょうね」
浩瀚は桓堆の反論に鼻先で笑った。
「とにかく、州城の者達に徹底させろ!台輔の要請がない限りは軽はずみなことをするなと」

「侯、偽王の件で気になることがあります。噂を耳にすればするほど舒栄に面影が重なるのです。征州城へ行って確認してまいりましょうか?」
「そまでしなくてもいい。それよりも、舒栄とはどんな女なのだ?」
「正義感が強く、意志もしっかりしています。頭の回転も速く、知識も豊富です。機知に富み、会話をしていても相手を飽きさせません。言いたいこともはっきりというのですが、不思議とそれが不快ではないのです。背はすらりとしていて高めで、眼と口元に確固とした意志の強さを現していますが、女も好感を持てるような美人です」
浩瀚は口の端で笑った。
「姉とは正反対のようだな」
「わたしは直接主上にお会いしたことがないので噂でしか知り得ませんが、どんな方だったのでしょう?あの舒栄が深く慕っていたことを思うと噂の方が信じられないのです」
「一言で例えるなら天女、人を和ませる声と言葉、それに仕草、勘が鋭く太極を見通せる眼を持っていた。意志の強さは妹以上だろう。しかし、朝廷の欲ぼけ共にはそれを敬う気持ちなど無かったようだがな」
「二人が揃っていたら見事だったでしょうね。特に男性は皆骨抜きになっていそうですわ」
女官はくつくつと笑って言った。
「否定は出来ないな。もし、偽王が舒栄だったら彼女の目的は何だと思う?」
「ほぼ間違いなく、復讐でしょう」
「そうか・・・」
「偽王が舒栄だったら彼女の目的を遂げさせてやった方が良いのではないでしょうか?失敗しても、成功しても彼女の先にあるのは死のみです。そして、彼女は朝廷の主立った官達を殺すつもりなのでしょう。それは慶の為にもなるのではありませんか?」
「それは出来ない。もし仮に偽王が舒栄だったとして、その目的が復讐であって主立った官吏を殺してもそれは舒栄の咎となり、連中がやってきたことを裁いたことにはならない。連中に相応しい報いを与えるために、わたしはそれを何としてでも止めるつもりだ。そうでなくては今までの犠牲者達も甲斐がないとは思わないか?」
「浅慮なことを申しました。しかし、侯は舒栄が捕らえられて死罪になる手助けをするおつもりなのですか?それこそ朝廷の連中の喜ぶところとなるのではないですか?」
「安心しろ、朝廷の連中を喜ばせるつもりはない」
口の端に笑みを浮かべて言う浩瀚に、女官は眼を見開いて微かに身震いした。





 征州の他に二州が落ちた後、偽王は金波宮の者共が隠していた台輔を救出したという報が入った。そして三州がそれに従った。この知らせに麦州の州城内に動揺が押し寄せていた。
「お陰で港に残っていた女達は全て故郷に戻ったな」
浩瀚はくつくつと笑って言った。
「それ以上に頭の痛い問題にも笑っておられるのですか?」
柴望は浩瀚を睨め付けて言った。
「朝廷側は何故我々に援軍を送ってこないんでしょうかねぇ」
偽王軍の報告をした桓堆が言った。
「わたしが死んだら喜んで送ってくるぞ。試してみるか?」
「ご冗談を。しかし、偽王軍に抵抗している州はうちと紀州だけになりました。軍勢から言っても勝ち目はありません。紀州は州軍がそのまま残ってますが、うちは三千しか残っていない」
「まったくだな。他の州は自州の守りもあるから二千しか偽王軍に貸与していないというのに、うちは七千だ。その上、攻めてくるなどどはどう考えても不公平過ぎる。麦州軍七千は返してもらおう」
通常州軍は白備二〜三軍の一万五千〜二万二千五百の兵士がいる。特に麦州はかつて三軍に青備佐軍を加えて二万五千の兵があったが、今は朝廷が州侯の結束することを恐れて各州白備一軍しか許さなかった。白備一軍は普通兵七千五百、州侯の権限で追加できるのは五千だが、一軍に五千を追加すると黒備になるので一師二千五百を追加した一万兵が限界だった。
「こんな不利な状況で戻ってくると思うんですか?」
「わたしなら戻るぞ。おまえならどうなんだ、桓堆。そして、あの三人のことならお前の方が詳しいだろう?」
桓堆は眼を見開き、呆れてから笑った。
「なるほど。説得せよと仰せですね」
「申し訳ないが、わたしにもわかるように説明していただけないだろうか?」
浩瀚とともに報告を聞いていた柴望が言った。
「そうですね。我が州軍に残っているのは現在三千しかおりません。これはどう考えても少なすぎます。しかし、偽王軍に走った七千があると、たとえ二万の敵でも分断して各個を撃退することが可能になります。そのために偽王軍に寝返った三人を説得して呼び戻す必要がある訳なんですが、州宰はご自分の友が窮地に立たされ、勝ち目がないからといって見捨てることが出来ますか?」
柴望はようやく得心がいって、やはり呆れた。
「浩瀚殿、常々思っていたのですが、貴方のやり方は悪党と紙一重ですね」
「気に入らないのか?」
「他に手がないのであれば、仕方がありませんね」
柴望は憮然として答えた。
「今回はお前にも一役買って貰うぞ」
浩瀚はそう言ってくつくつと笑った。

 紀州を落とすと、偽王軍は空と陸路で麦州城を攻めてきた。そして、偽王軍の空行師千五百の先頭を駆ける元麦州軍の師帥と五百の兵士達は麦州の空行師五百の先頭で騎獣に乗っている人物に驚き、進撃を止めた。浩瀚は官服のままで空行師を率いていた。
「何故、侯自らがここにおいでなのです?」
「お前達がいなくなったおかげで人手不足だからな」
「では、貴方を拉致し、麦州に降伏を申し入れてもよろしいのですね?」
「お前はどちらの味方なのだ?」
「敵も味方もありません!主上は決して人物の卑しいお方ではありません。侯もお会いになればわかることです。わたしと一緒に征州へお出でになって下さい!」
「おい、何故進軍を止める」
偽王軍空挺隊の指揮官らしき将軍が駆けつけてきた。
「遠路遙々ご苦労だった。将軍、わたしが麦州の州侯だ」
戸惑う麦州の師帥の代わりに浩瀚が自ら名乗った。
「それは州城を落とす手間が省けたというものではないか!何故、捕らえないのだ」
指揮官の言葉に浩瀚は右手を挙げた。すると偽王軍の指揮官が持つ槍めがけて浩瀚の遙か後方から矢が放たれた。将軍の持つ槍はその手を離れ、雲海に吸い込まれていった。
「州宰の弓射の腕は覚えているだろう?わたしは慶国一だと思っているんだがな。他にも州宰に見込まれた官吏や州軍の使い手も控えている。もしも、お前達がこのまま州城に攻めると言うなら、内情に詳しい者からあの弓の的になる。既に狙いは定まっているぞ」
自分に据えられた浩瀚の視線を受けて、元麦州軍の師帥は眼を閉じて溜息をついた。
「仕方有りませんね。戻りましょう」
「莫迦なことを!お前達が戻るというならば我々が今お前達を殺すことになるぞ!大体、麦州に勝ち目がないのは明白だろうが。それで戻るとは正気か?」
「そうです。だから我々五百が抜けても大局に影響はないでしょう。我々は彼等を殺すことは出来ません。たとえ彼等に我々を殺す意志があってもです。そして我々を殺した彼等に待っているのは勝利ではなく、深い悲しみと主上への憎しみです。彼等にそんな思いをさせるわけにはいかない。ならば共に滅びるまでのことです」
「させん!」
指揮官が剣を抜き、元麦州軍の師帥に斬りかかったが、彼は剣を抜かなかった。代わりに浩瀚がその剣を受けた。これで彼の麾下も覚悟が決まった。
「わたしの眼の前でわたしの麾下を殺さないで欲しいな。彼等を返してくれると言うのならば将軍を生きて征州へお返しする」
大振りの剣で自分の剣を受け止めながら余裕の笑みを浮かべる浩瀚に、将軍は剣を引いた。
「まったく、降伏を説得に来て、逆に説得されるとはな!次は説得などではなく、本気で闘うぞ。どうやら麦州は左将軍だけでなく、州侯も州宰も油断のならない人物のようだ。しかし、我々はまだ抜けた分の穴埋めを出来る余力があるのだぞ」
剣を納めて彼は退却を命令した。
「麦州侯はあの朝廷のために我々と戦うおつもりか?」
「まさか、連中に払う義理など有りはしない。わたしが戦うのは慶の未来故だ」
「互いの未来が異なっているのは残念だ」
そうして偽王軍の空行師は引き上げて行った。
 二方向の陸路からやってきた偽王軍一万に参加していた師帥達も桓堆と州司馬の説得により、麾下四千五百と共に州軍へ戻った。これで偽王軍六千と麦州軍七千となり、偽王軍は体制を整える為に引き上げて行った。





 州侯の房室では浩瀚を筆頭に州宰の柴望と左将軍桓堆が三人の師帥から偽王軍の様子を聞いていた。
「征州へ行ってみるか」
「とんでもない!我々が偽王軍と戦ったのは何のためだったのです?」
浩瀚の言葉に柴望が問いかけた。
「州侯の中には朝廷の奴等よりもまともな人物が多い。その彼等が偽王に肩入れしている理由が知りたい。それに我々が戦えば戦うほど朝廷の連中のためになる。州軍の戦力を削ぐために連中は我々に援軍を出さないつもりらしいしな」
「そんなことはわかりきっていたことでしょう?」
「偽王と知らずに朝廷と戦うことと、偽王と知って朝廷に楯突くこととは大きな違いがある。わたしは偽王軍に攫われたことにしておいて、お前達は戦うな。それから、わたしを攫うのはお前だ」
浩瀚は師帥の一人を見つめて笑った。

This fanfiction is written by SUIGYOKU in 2003.

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