漁がはじまった。 近迫が鞍につけていた網を放つ。 網は風を受け一気に広がる。 駮は広がり落ちる網すれすれを飛び、頑丘はすかさず網の一端を鉤爪の付いた竿で掬いとり、そのまま雷雲に向かって進む。 網の一端を付けている近迫の吉量も同じ動きで雷雲に突っ込んでゆく。 他の騎獣達もそれぞれに網を広げ、漁場に向かう。 彼らは雷撃につかまらないよう体と竿を出来るだけ馬体に添わせる。網に受ける風の抵抗を少なくするためニ騎は身を寄せ弾丸のように飛ぶ。 雷雲の縁に辿りつけば、途端に乱気流が侵入者を叩き潰そうと襲いかかる。 それをかわし、一瞬、強暴な大旋風の中に突っ込むと、網を広げ駈け抜ける。黒い奔流に飛びこんで、網を打つ。 その瞬間を『怖かねェか』と無鉄砲な若者でも問う。だが、それは一瞬。困難はこれからだ。 駮は旋風の縁に戻ると、今度は間隔を保ちながら飛ぶ。 頑丘の竿を握り締める手にずっしりと重みがかかる。 網にかかった大ぶりの雹がぶつかり、圧縮され氷塊となっていく。網のなかで即席の氷の塊が出来あがるというわけだ。 頑丘は歯を食いしばって竿を支えながらも、駮を励ましてしばらく雷雲の縁を飛ばさなければならない。固く充分な大きさの氷塊が必要なのだ。あの地上の暑さでは、雹など到着するまえに溶けてしまう。 網の中でぶつかり合う氷塊のバリバリという音が、強風の音と混じり耳を聾せんばかりだ。網にかかる乱気流が、竿を猛烈に震動させる。 大きな揺れと細かな震動が、目や耳の感覚を奪う。近迫以外の騎獣が何処にいるかなど、もう確認できない。 ―――もうあと数呼吸… 駮の猛りを手の中に受け、激しい心拍を脚に感じる。 指の感覚など既にない。血が滲んでいたとしても不思議はない、爪が剥がれることもよくあるはなしだ。目も耳も使えず、あまりの震動に感覚がまともではなくなると、それらが複合された飛行音が体の中で響き渡る。 やがて雷撃の危険を犯して一瞬頭をあげ、頑丘は駮を雷雲から引き離す。 近迫の吉量も同じ動きを取る。 雷雲から離れると、途端に風は穏やかになり網に入った獲物の重さがきつくなる。 二頭が漁場から離れ下降したのを認め、敏捷性に劣るが力のある別の騎獣が数騎、獲物を受け取るために近づいてきた。 |
「大漁だな」 元気な声だ。 「大漁だ。この旦那と一緒じゃたまんねぇぜ。さっぱり雲から離れようとしねぇ」 近迫がダミ声で叫ぶ。 「もう一度いくんだろ」 相手は気安く呼びかける。 近迫は頑丘の顔をうかがうように見つめた。頑丘はここにきてようやく視力がもどり、網のふくらみを確認すると、その大きさに満足した。 満足して駮を叩くと、駮はぶるぶると身を振わせ、頭をもたげた。まだまだ、大丈夫。早く行こう。と、老いた獣は積極的な気分を示す。 ―――じいさん、元気なことだな。 頑丘は苦笑した。 「―――いくぞ。いい雷雲だ。」 頑丘の言葉に、近迫はあきれたという動作を示して答えた。それでも、新たな投網を仲間から受け取ると、再び上昇する。 頑丘は誰かに呼ばれたような気がした。 漁を終えて地上に戻る頃には、体は冷えて体力も尽き、とても大騒ぎに加わるどころではなかった。駮の世話を頼み、一室に入って牀榻に倒れこんでから記憶が無い。―――どうやら、寝ちまったらしい。あれだけのことで、潰れてしまうとは俺も歳をとったな。などと思いながらダラダラと起き上がった。 「―――俺も歳をとったな、と思ってるんでしょ?」 少女の声に頑丘はビクリとして、向きを変えた。 「だから、承知してくれればよかったのよ……」 身軽な少年の格好をした、賢しそうな少女がいた。 「何てことだ。来ちまったのか!?」 「なによ。来れるなら、来いと呼んだのは頑丘じゃない」 「まさか麒麟に乗って来たというんじゃないだろうな」 「当たり前じゃない!あたしだってそんな非常識なことはしないわよ」 どうなんだか…と頑丘は呟く。青鳥を送ったのは昨日の昼。連檣に着くには丸一日かかるはずである。それから彼女がどんな非常手段を使ったのか……。 確かに、“来れるなら、来い”と書いた。まずは彼らが冬華漁を再開したことを伝えたかったのであって、“来い”と書いたのは社交辞令、“誘ってくれなかった”と攻められないための逃げでもある。 王が正しく治めている国でも、夏ならば酷暑の日もある、ひでりになる地方だってあるだろう。それは一々王の不明ではないはずだ。けれど供王は日が浅い。口さがない言葉を受け流すことができるだろうか。 地上に住む人々は、自分たちなりに暑い夏の日を楽しんでいる。どんな貴人の楽しみにも変え難い、キラキラした夏の日をお前の民は獲得したのだと伝えておきたかった。お前はよくやっていると、それが彼からの伝言だった。だが、本当に来るとは思わなかった。 |
「王の仕込みがよくて、みんな優先事項ってものをよく知っているのよ。まあ、あたしも今来たばかりなんだけどね」 珠晶はくすくすと笑った。 「そしたら頑丘が倒れてるって言うじゃない。帰ってから入ったきりで出てこない。折角の氷も味わってないって……近迫が心配していたわよ。歳には勝てないからなぁって。ああ、更夜は大丈夫よ。さっき挨拶してきたわ」 「ほら、二人分もらってきたわ。美味しいわよ。あたし、待ってる間にさじをつけちゃった」 珠晶は細かな氷の入った器を頑丘に押し付けた。 「―――冬華燦ってのは、もっとフワフワした雪みたいなもんじゃなかったか?」 「あたしが来るの遅かったから、もう削り終ってたの。それでもこっちの細かく砕いたのも美味しいわ。キラキラして綺麗だし、すっごく冷たい」 「―――そうか……」 残念だと思ったことが顔に出たらしく、珠晶は慌てて言った。 「氷の漁を冬華漁と言うのね。きっとみんなに広まるわね。でも飛行できる妖獣がいないとダメか……そうだ、ここみたいに失業中の剛氏に頼めばいいんだ。王宮なら空行師にさせたらいいけど、それもなぁ……」 「王宮はこんなふうに暑くないから、死にそうな家畜がいるわけじゃないし、王自ら率先してやらせるのはよくないわ。う〜ん。王宮では出来ない。―――でも、これが広まったらどっかの高官が空行師を私物化してやらせたりしないかしたら。そんなの許せない!」 ガシガシと器をつつきながら、珠晶は話し続ける。 「……あのなぁ、珠晶」 「あたしでも憚るのに、そんなの絶対ダメよ!」 「おい、珠晶。漁は天候の条件が揃わないと不可能だ、必要なところでしか出来ないもんだ。まあ、無理をして僅かばかりのものを獲ってもすぐ溶けてしまう。役に立たない、しけた漁をしても面白くも何ともない」 「そうなの」 珠晶は首を傾げる。そして頑丘が頷くのをみてニコリとした。 「だったらいいわ。今日みたいに、みんなが喜んで食べているのを見て、あたしもキーンとなるくらい食べるの」 「なんだ、そりゃ」 「冬華燦を食べるとね。冷たさがキンと頭に響くの。やっぱりそれがないとなぁ」 「また、餓鬼みたいなことを……」 「子供で結構。だから、頑丘はまた呼んでくれなきゃ。頑丘が呼んでくれなきゃ、あたしはずっと食べられない」 珠晶は屈んで頑丘のいる牀榻の縁に両腕を乗せると頭を埋めた。 「――――呼んでくれてありがとう。また誘ってね」 頑丘は彼女の頭にちょっと手をのせ、かるく撫ぜた。 「天漁と言うんだ」 「うん?」 「天を漁(すなど)るからな。天のものをちょいと失敬するってわけだ」 「うん」 「だからお前から天に言っておいてくれ。家のものがチョット失礼いたしますってな」 「わかったわ。だからまた一緒に冬華燦を食べてね。今度は雪みたいなフワフワなのを」 「……」 「きっとよ」 頑丘は頷いた。 また来年。きっと暑い夏の日が来る。 そんなとき、誰かが天漁をする。それだけの余裕を、もう人々は持っている。 漁をするのは騎獣自慢、無鉄砲な若者…老いた朱氏ってこともある。 そうしたら、あたしを呼んで。天から捕ってきた氷が溶けないうちに、すぐに行くから。 そうしてきっと今度こそ、冬華燦を一緒に食べよう。 |
<赤狗様のコメント> これは「真昼の夢」様主催「納涼!冬華燦祭り」参加申請中のSSです。 この素敵企画を知り、「冬華燦(かき氷)」という言葉から思い浮かんだのがこれ▼ その後参加作品を拝見するにつけ、なんかちょっと赤狗さん勘違いしてません?っておもいつつ、それでも一気書きしてしまいました。 めずらしく一気書きの気分になったので逃したくなくて……。 赤狗は仕事が遅いので、もたもたしていると来年の夏になってしまいます。ええ、もう期間限定となったら恥を偲んでこれで公開してしまいます! 校正不充分だから、構成粗いです。きっと誤字脱字だらけです! それでも、夏だ!祭りだ!大漁だ!!!と読んでやってください。(←テーマはかき氷だって…すでにずれてるぞ。) <管理人の蛇足> 誰もが常世の氷は氷室で保管したものだろうと思う中、空から集めてくるなんて、面白過ぎる・・・ 通常メニューでアップしたこの作品は校正済みです。どこを直したかなんてわからないケド。 騎獣と騎乗者の躍動感溢れる描写は流石、赤狗さんなのです。臨場感もありましたよね! そして、珠晶の登場の仕方がいいっ! らしいvv |
Albatross−赤狗様的幻想世界− 背景素材:DRAGON FORCE |
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