奇跡の玉 −中編−



ある夜、湯殿で疲れを癒した浩瀚は、自身の私室に戻ると、半乾きの髪を緩く纏め右肩に流す。
重い官服を丁寧に整え、落ち着いた彼は、ゆったりと榻に腰を落とすと、小さな玉を取り出した。
明り取りの炎にかざし、くるくると手の中で角度を変えながら、その玉を眺めている。
「…まこと、この玉は昼と夜とでは表情が変わる。…不可思議な…それでいて、魅惑的な玉だ」
一人呟きふっと乾いた笑みを零す。
「一体如何して、こんな玉にこれほど拘るのか」
自分にこんなにも執着心があった事など、浩瀚は今まで知らなかった。
しかし、初めてこの玉を見た時、自分の心を捉えて離さなかった。
「この感覚を味わうのは二度目だな」
言って浩瀚はそのまま目を瞑る。







その日、浩瀚は大司空(だいしくう:冬官長)から相談があると持ちかけられた。
「早急に纏めておきたい資料がある。それを書きながらでもよいか?」
硯をすりながら浩瀚が答えると、
「ええ、結構でございます」
と、大司空は礼を取り、重い口を開く。
「巧国との高岫(こっきょう)近くに、妖魔が出没している事は冢宰殿もご存知の事でしょう」
「ああ。慶に入ってきた妖魔のみ、禁軍が何とか抑えているだろう」
「ええ。巧国はまだ安定しておらぬ国。何としても慶に被害が及ばぬ様にと、夏官あげて討伐に取り込んでおりまする」
浩瀚はさらさらと書類に筆を走らせながら、大司空の話に耳を傾けていた。
「妖魔を一通り倒した兵が、なにやら光る物を発見したという報告が入りまして。なんでも妖魔の腹の中から、異物と共にあったとの事。兵がそれを取り出し、川で洗い清めた所、青みかかった緑色の玉の原石でございました。彼はそれを何気なく持ち帰ったのですが…」
そこまで言って、大司空がなにやら口をもごもごしているので、
「それで、その玉がどうかしたのか?」
浩瀚は筆を置くと、大司空の姿をじっと見つめた。
その一見穏かながらも、すべてを射抜く鋭い視線に、大司空は慌てて話し出す。
「えっ、ああ、はい。その兵が、宵の刻、玉を取り出しますと、その玉が紫色を含んだ赤に変色していたと言うのです。そして、朝になり又その玉を見ると、元の青みかかった緑色だったと。出所が出所だけに何か不穏なものを感じ、詳しく調べて欲しいと、我らが預かる事になった次第でございます」
「めったに見れない玉を見つけたという訳だな。それは今、ここにあるのか?」
浩瀚は妖魔の腹から出たという、珍しい玉に興味を持った。
書卓から離れると、大司空の所へ近付く。
「ええ、こちらに」
大司空は、小さな箱から、問題の玉を取り出すと「失礼を」と言って、窓際へ向かった。
そして、日の光にその玉をかざす。
その玉は日の光を受けて、きらきらと綺麗に輝く、青みかかった緑色の光を放った。
「…なかなか美しいな。すっきりとした色をしていて、安らいだ気持ちになる。だが、これなら他にも似た様な玉はあるだろう?どうしたら、変色した所を見る事が出来るのだ?」
「はい。それにはここを一旦暗くしなければ」
浩瀚はすぐにあたりを暗くする事を命じる。
「…して、次は?」
「そうして、この様に炎の光にかざして、ご覧下さいませ」
浩瀚は明り取りの炎をその玉に近付けて覗いてみた。
「…これは…なかなか…」
浩瀚の目がその玉に釘付けとなった。
その玉は、今度は美しい紫色を含んだ赤い光で輝き出すのである。
「日の光の下では青みかかった緑色。一方で炎の下では紫色を含んだ赤色。光の違いによって、この玉は二色に変化するのでございます」
大司空の言葉も、浩瀚はどこか遠い所で聞いている気がした。
それほど浩瀚は、目の前にある玉から目が離せない。
『一方で安らぎの光を放ち、又一方で妖しい情熱の光を放つ、気高い玉』
この玉を浩瀚はそう評していた。
そして、これは以前、自分がある人に感じた印象と酷似している。
浩瀚が何も言わず、微動だにしない事を、不安に思った大司空は、ぼそぼそと話し出す。
「やはり、妖魔の腹から出た玉。穢れがあるのでしょうか?ここは処分するのが適切なのでしょうか?」
「処分はならぬ!」
はっきりとした浩瀚の返事に大司空は驚いた。
さらに、浩瀚の思いもしない申し出に戸惑う事になる。
「出来れば、これを、私が預かりたいのだが。いけないだろうか?」
大司空は、思った。
『まさか、こんな展開になろうとは』
この玉、あまりにも妖しい光を放つので、正直如何し様かと考えあぐねていたのである。
何せ、出所が、出所だ。
『妖魔の腹から出た玉等、気味が悪くて持っていられぬわ。しかし、勝手に処分するのは拙い。もしもの時、自分に非がかかるだろう。ここは、一応、冢宰殿の許可を貰って、捨ててしまおう』
ところが、目の前にいる上司は、この玉を預かりたいと言う。
『なるべく厄介な事は、抱えたくないしな。折角、冢宰殿が欲しいと言っているんだ。さっさと押し付けてしまうのが、得策なのでは』
大司空は、内心ほっとしている事を何とか隠し、うやうやしく浩瀚に、箱と共に渡す。
「では、この玉は冢宰殿にお預け致します。いかようにも、なさって下さいませ」
「ああ。無理を言ってすまない。有難う」
こうして、玉は浩瀚の手元に渡ったのであった。







闇夜に、明り取りの炎の、ほの明るい光が揺らめいている。
浩瀚は目を開けると、もう一度その玉を、炎の光の前にかざしてみた。
それは紫ともつかぬ、赤ともつかぬ、何とも不思議な光だった。
その光の中に、ほとばしる熱い玉の心の様なものを浩瀚は感じていた。
『そう、これは、あの方―主上に似ておられる』


This fanfiction is written by RIN in 2004.



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