慶国冢宰の秘密


「浩瀚とは書物が多いことだと聞いたのですが、やはり浩瀚の字はそこから来ているのですか?」
陽子は歴史の講義が終わり、質疑応答を終えてから太師に訊いてみた。歴史の授業は他に祥瓊や鈴、桂桂も一緒だった。太師は長い髭を撫でた。
「そうさの、そう呼ばれるようになったのはあれが松塾に通い始めて直ぐの十四位の時じゃったかな。それだけ若くして浩瀚と呼ばれたのは皮肉が込められていたのじゃよ。確かに浩瀚がわしの元へ通い始めたのは書物が目的じゃったが、浩瀚は一度読んだ内容はすべて覚えてしまっての、他の塾生が悔し紛れにつけたのが始まりじゃった。子供ではなく書物だと思いたかったのじゃろう」
「その字をそのまま使うなんていい根性をしてるわ」
祥瓊は両手を広げて言った。
「ひょっとして、相当鼻持ちならなかった?」
陽子が上目遣いで問いかけると太師は声を上げて笑った。
「ようわかったの。したが、浩瀚が自分の知識をひけらかす為にしたことではないぞ。あれは官吏になる為に学問をしている人間が好きではなかっただけじゃ」
「それなのに、大学には長くいたのですか?」
「そうね、官吏の中には浩瀚様よりも若い人は結構いるわよね」
祥瓊が腕を組んで言い、鈴は首をかしげた。
「とんでもなく苦手な科目があったのかしら」
「浩瀚様にも苦手なものがあるの!」
桂桂が目を大きく見開いて叫んだ。太師は頷きながら髭をさすった。
「浩瀚にも苦手はあるがの、浩瀚は異例の若さで大学は卒業しておるよ」
「では、すぐに昇仙しなかったということですね?」
「官吏になる為に大学に入ったのではないのかしら」
陽子と祥瓊の言葉に太師は首を横に振り、真面目な顔をした。
「あれは男に言いよられることにうんざりしておった。おまけに、大学には年上の女しかおらぬではの」
皆が首をかしげた。
「そのまま昇仙しても状況は変わらんじゃろう?」
「まさか、老けた見た目が欲しくて昇仙しなかったと仰るのですか?」
「その方が一番納得がいかんかの?」
皆は首を横に振って太師を睨め付けたが、太師は笑みを浮かべていた。
「太師、いい加減な話を作るのは止めて頂けませんか?」
いつの間にか堂室に入ってきた浩瀚が壁にもたれかかりながら言った。
「ほう、どんな噂を流されても気にならぬそなたでも、これは気に入らんかったかの」
太師は楽しそうに言った。
「太師の言葉では皆が信じましょう」
浩瀚の言葉に皆は首を横に振った。
「じゃが、男に言いよられていたのも、付き合うてた女が年上だったのも事実ではなかったな?」
陽子達は目を輝かせ、浩瀚は頭を抱えた。
「じゃあ、大学生の浩瀚様はとても美形だったということね!」
「本人はそう言われることを嫌がっておったがの」
「当然、女の人にももてたわね」
「何歳ぐらい上だったのかな?」
「わしが知る限りでは三歳は上だったはずじゃ、のう?」
太師に同意を求められ、浩瀚は笑みを浮かべたが、目は笑っていなかった。
「太師、わたしはあまり時間が取れないのですが・・・」
「おお、そうじゃった。では祥瓊、鈴、桂桂、わしらは邪魔だから早々に退散するとしようかの」
太師が笑いながら立ち上がると他の三人も立ち上がって扉に向かった。
「鈴も蓬莱の文字を教えてもらったら?」
祥瓊の言葉に鈴は勢いよく首を横に振った。
「蓬莱に戻るつもりもないのに、覚えたって仕方がないわ。だから、こちらの文字を祥瓊が教えてね」
「じゃあ、これから特訓よ!」
「僕もぉ!」
そうして皆が賑やかに堂室を出て行くと、浩瀚は陽子の目の前の席に座った。
「浩瀚が蓬莱の文字を覚えるのは、こちらの本を読み尽くしてしまったので蓬莱の本を読む為か?」
陽子が常世の文字を覚えるついでに、浩瀚は陽子に蓬莱の文字を教わっていた。浩瀚は何故か陽子に教えてもらう前にひらがなや数字については既に覚えていた。
「わたしの字の由来をお聞きになったのですか?では、そういうことにしておいて下さい」
明るく言いながら教材代わりの本を浩瀚が開いた。陽子は僅かに頬を膨らませた。
「なぜ、大学を卒業してすぐに官吏にならなかったんだ?」
「こんなにお若い主上に仕えることになると知っていたら、すぐにでも昇仙したでしょうね」
「からかっているのか?」
「とんでもございません。若い方が親しみやすかったのではないですか?」
陽子はぷいと横を向いた。
「お前の見た目が若かったら、ますます鼻持ちならなくて敵が今より増えている。今の見た目で十分だ」
「では、もう十年ほど老けていた方が敵の数はもっと減ったかもしれませんね」
陽子は目を見開いてから頬杖を付いて浩瀚を見つめながら、くつくつと笑った。
「うん、お父さんみたいで親しみやすかったかも知れないな」
「それは何となく嫌ですね」
不機嫌に言う浩瀚に陽子は声を上げて笑った。


2003/11/27 UP
This fanfiction is written by SUIGYOKU.

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カナタ様(改名して現在は蘇芳みつる様)作『蒼の孤影を悼む時』の掲載許可のお礼で、リクは「遠甫が陽子にせがまれて松塾時代の浩瀚の恥ずかしい話を暴露。最終的に浩陽話」、レベルは「主従関係以上愛人未満、3歩進んで4歩下がる」でした。カナタ様、改めましてお礼を申し上げます。

『浩瀚』は「広大なこと」とか、「書物が多いこと」と他のサイトやオフ本にあって、どちらが本当なのか?と辞書で調べてみたら広辞苑に両方ともあったのです。←もっと早くに調べておけ!ですよね ^^;)
どちらにしても、自分で付ける字ではなさそうだということで、My設定の浩瀚に合いそうな逸話を作ってみたのです。
そして、浩瀚という字を持ち、温厚篤実と呼ばれた人間が30まで大学を卒業できなかったはずがない、という思い込みは以前からありました。優秀な人間は20前に入学できるようですし、卒業まで遊んでいたとも思えないのですよね。大学入学前か、途中か、卒業後かに何がしかの事情がありそうですよね?
浩瀚でこんな細かい突っ込みをするなんて、やはりマイナー趣味なのでしょうねぇ・・・←今更なにを ^^;)


Albatross−妄想浩陽駄文集−
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