偽色の紅羅 蘇芳の剣

- ギショクノコウラ スオウノケン -



 赤楽5年、慶国の首都堯天では、悪徳商人や県正ばかりを狙って盗みに入り、盗んだ品は貧しい地域にばらまく、大胆不適な盗賊が出没していた。賊は盗んだ場所や府第に送りつける不正の証拠とともに赤い三本足の烏が書かれた絵を残したので、赤鴉(せきあ)と呼ばれた。狙うのは秋官になかなか証拠を掴ませない、したたかな者共で、一説には堯天の官吏が関わっているのでは、との噂も囁かれた。
 盗品は府第に届けると褒賞金を貰えたので善良な民は堂々と使える金を手にする為にと殆どが届け出された。回収された財宝は不正で購われた証拠として、元の持ち主に返されることはなく、貧しい国の財政に当てられた。これが盗賊を国が保護しているという噂の元となり、府官にとっては頭の痛い問題でもあった。
 赤鴉の正体を知るものは本人のみ、だがその正体を疑っている者も少なくない。そして、それを確信している者達もいないわけではなかった。

 堯天の街に聳える凌雲山にある冢宰府の一室には四人の男達が赤鴉対策を講じていた。ここの最高責任者である冢宰、一連の事件を取り締まる最高責任者の夏官長である大司馬、被害にあった者達の不正の証拠を調べていた秋官の長である大司冦、そして堯天の治安を指揮する禁軍左将軍である。
「主上に報告した連中が全て襲われるまで、放っておかれるのですか?」
この冢宰ならば有り得るかもしれない、と皆は思っていた。浩瀚は真剣な皆の顔を見渡すとくつりと笑った。
「自分の尻尾を掴ませない悪党がいつまでも大人しく襲われるのを待っている筈はあるまい。夏官府は残りの連中を見張り、怪しい動きを見せたら報告をして様子を見よ。秋官府はそこから徹底的に調べ上げるのだ。我々に赤鴉を罰する権限はない。他の官に気付かれぬよう、何としてでもご自身に思い直して頂かなければならない。わかっているな?」
他の三人は拱手をし、短い返事をした。
「それから桓堆、誘拐の件はどうなっている?」
「はっ、今までは被害者が名乗り出なかったので気付かれなかったようなのですが、もう10年以上は続けられていたようです。行方不明の届けが出て、数日後に何事もなく戻ってきた当時15、6の娘達に女兵士を使って調べさせたところ、状況がほぼ掴めました。彼女達を攫った者たちは入れ替わっても、着飾らせた彼女達を監禁して陵辱した者は変わりありません。被害者は見目のいい15、6の貧しい娘が多く、返される時には金を与えられたので犯罪として届け出る者がいなかったのでしょう。ですが、最近はそういう娘も少なくなり、ようやく発覚したものと思えます。10年前の被害者と最近の被害者から聞いた外見年齢と特徴はほぼ同じであることから、黒幕は仙籍に入っている者に違いありません」
冢宰と夏官、秋官の長はこの報告に眉を顰めた。
「それはつまり、この国の官吏だということになるな。その手の趣味を持っている人間は表向きには人当たりもよく真面目な者が多い。証拠は確実に掴め」
「はっ、かしこまりまして。夏官でいうと、小司馬殿のような人物、という訳ですね」
「おいおい、左将軍。奴とは付き合いは長いが、そんな趣味があるなどという噂はついに聞いたこともない。今言ったことは本人の耳に入らぬようにしろよ」
大司馬は笑って言った。


 そしてとうとう、赤鴉の人気が地に落ちる日が来た。赤鴉は評判のいい商家をも狙い始めたのだった。残された赤い烏の絵は今までとは異なり二本足だったが、それを知る者は少ない。その報告を聞いた景王赤子は大卓を両手で叩くと、拳を硬く握り締めた。
「舐めた真似をしてくれる・・・」
碧の瞳は月の光を受けて爛と輝いていた。





 月夜の堯天に黒ずくめの一団がとある商家の園林を静かに駆け抜けた。彼等が塀に辿り着くと、月光を背にした人影があった。
「その荷物は置いていけ!」
威圧的な若い声が響き渡る。さらに、塀の影からやけに背の高い男が現れ、長い鉄槍を軽々と振り回した。
「そいつを置いていかないと、ここは越えられないぞ!」
「お前達が本物の赤鴉?」
一番背の低い黒装束が道を尋ねる調子で言った。
「偽物に気安く呼ばれたくはないな」
塀の上の人影がくつくつと笑うと、相手もくすくすと笑った。
「僕たちの本当の獲物は赤鴉、君なんだよ」
この言葉に残りの黒装束は鉄槍を持った大男、虎嘯を取り囲んだ。
「させるかよ!」
虎嘯は鉄槍で黒装束を薙ぎ払ったが、背の低い黒装束は身軽に塀の上に昇り、先に上にいた人影に向かって剣を抜いた。
 しばらく塀の上と下とで、剣や槍の打ち合う音が響いていたが、塀の向こう側からいきなり鎖が赤鴉の両足に絡み付き、赤鴉が消えた。そして塀の上の黒装束が「引け!」と塀の向こう側へ消えると、残りの連中もそそくさと引き上げていった。
 虎嘯は連中が置いていった荷物を眺めながら頭を掻いた。
「恐ろしく逃げ足の早い連中だぜ。陽子の奴はわざと捕まりやがったな。班渠が来るまで暇になっちまった」


 赤鴉こと陽子はこれから調べようとしていた商家の廂房(はなれ)に連れていかれ、後手に縄をかけられた。目の前の偽物は鮮やかな朱色の髪をした色白で線の細い20前後の男だった。それでも軟弱さはなく、どこか爬虫類を思わせる酷薄な美形で、彼は陽子の髪を一房手に取った。
「ふうん、見事に血の色をした髪だね。よく手入れをしているじゃないか。それに、」
この偽物は陽子の髪を舞上げると懐から短剣を取り出し、陽子の袍を切り裂いた。褐色の滑らかな肌に緩やかな曲線を描く胸の膨らみが曝されて、陽子は一瞬目を見開いたものの、相手の冷たい瞳を睨めつけた。
「赤鴉がオンナノコだったとはね、最近取締が厳しくて控えていたけど丁度いい。着飾ってあの変態官吏の相手をしてもらおう。久しぶりだから、たっぷりと可愛がってもらえるよ」
赤鴉の偽物は傍らの男に腕を絡ませ、くつくつと笑った。
「紫嵐はどう? あいつは紫嵐と同じ位の歳なんだけど、赤鴉を抱きたいと思う?」
「もう5年は育ってもらわないとな」
王や高官にのみ許された色を字につけるこのふざけた男は髪を結い上げもせずに首の後で一本に束ねた、年の頃は30前後の猛禽類を思い出させる風貌だった。陽子の足に鎖をかけ、捕らえたのはこの男でもある。
「100年経っても御免だね」
陽子が睨め付けると紫嵐と呼ばれた男は口の端で笑った。





 翌日の夕方、陽子は若い娘らしく着飾らさせられて、広い牀榻の上に置かれた。猿ぐつわを噛まされて後ろ手に縛られ、片足に結ばれた綱は牀榻の柱に括り付けられていた。陽子は無駄だと知りつつ足枷を外そうとしてみたが、やはり無理だとわかっただけで、陽子は天井に向かって溜息をついた。
「これは理想的だ」
牀榻の幄を開いた30代半ばの男はそう言って、臥牀の上に上がると陽子を頭の上から爪先まで何度も睨め回し、「本当に理想的だ」と呟いて陽子の髪に口づけた。
「この髪の色、その瞳の色、今わたしが最も欲していた姿・・・」
陽子は自分の髪を男の手から振り払うように体を移動させ、男を睨めつけた。
「少年のように澄んだ碧い瞳、華奢でしなやかな肢体、紅蓮に燃える焔の髪までもが天より与えられた特別な存在だと思わせらる彼の姿にどんなに恋い焦がれたか、今までの娘達はいずれは帰してやったが、そなたは帰しはせぬ。その姿のまま大事にしよう」
男が背中に腕を回して肩を引き寄せると、陽子は鎖の繋がった鉄の輪を嵌められた足で男の脇腹を蹴ろうした。しかし、男は簡単にその足を捉らえて脇に抱え込んでしまった。
「その気の強さもますます好みだ」
片足を抱えたまま、男が圧し掛かってきて顔が近づいてくるので、陽子は横を向いた。男はくつくつと笑って陽子の着ている襦裙の袷に手をかけてゆっくりと広げていった。
「そこまでだ」
虎嘯は男の首筋に剣をぴたりと当てた。
「さすがに、気配を消すのがうまいな」
男は陽子の袷に手をかけたまま言った。
「女にうつつを抜かしている野郎の背中を取るのは簡単だ。さっさと主上から離れろ!最初から気付いているんだろう?」
男はゆっくりと起き上がると、虎嘯に促されて牀榻から降りた。そして、榻に躓いてよろけたと思うと剣を抜いて振り返った。虎嘯はその剣はかわしたが、相手もなかなかの手練れだった。
「さすがに夏官だけのことはある。飾りの小司馬ではなかったようだな」
虎嘯が男から離れて剣を構え直すと、相手の男が口の端で笑い、房間の扉が開いた。入っていたのは朱色の髪を持つ赤鴉の偽物と紫嵐と呼ばれる男だった。
「そいつを取り押さえろ!」
男の命令に紫嵐は鎖で虎嘯の剣を腕ごと絡め取った。


すいません、もう少し続きます。お付き合いいただける方はNEXTでv
This fanfiction is written by SUIGYOKU in 2005.
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