三月には訣別の宴を


 王城の園林にはすでに梅が咲いていたが、雲海の下ではまだ灰色の雲が重くのしかかり、冷たい風が獣の咆吼を上げながら玻璃の窓の外にある木の扉を乱暴に叩いていた。その威勢は極僅かな隙間をも通り抜け、小卓の上の轍囲の地図を照らし出す炎をも揺らす。
 こんな日は酒精の強い酒に限る。玻璃の酒杯に注いだ酒は鼻腔を心地よく刺激する杜松子(としょうし)の匂いを放った。戴では寒さで酒が凍らぬように、冷え込む夜に凍えぬように、酒を連続的に蒸溜して酒精を高め、さらに飲みやすくするために炭を使って癖のない酒にする。漣では酒が腐らないように蒸溜するのだという。古来からの方法で酒を蒸溜し、甕で長く寝かせた酒は飲みやすく、旨かった。それでもわたしは飲む人間を選ぶ、この杜松子のきつい匂いのする酒が気に入っていた。杜松子から造る芳の酒でもなく、古来よりの方法で造られた杜松子の薫りがする恭の酒でもなく、戴で造られたこの酒でなくてはならない。


 漣から帰ると見知った顔が消えていた。琅燦の話によると奴は秘密裏に粛正され、驍宗はそれを冬狩と呼んでいるという。他にも消えた連中は奴と一緒に闇に葬られたらしい。そのことは台輔と民に知られぬように極秘に計画されていたということだった。軍人には与えられた任務に文句を言う権限はない。驍宗も素知らぬ顔でわたしからの漣国訪問の報告を聞いていた。

 確かに奴はどうしようもない男だった。奴のために何度も危険な目に会ったが、それでも奴は長くわたしの仲間でもあった。それ故にであろうとも、冬狩からわたしを外し、漣に追いやったことは許し難い。驍宗がわたしを気遣うのであれば、奴をわたしの手で始末しろと命じるべきだったのだ。
 わたしに奴を殺せたのかどうかはわからない。だが、極めて人間らしい俗物の存在を許さない驍宗の王朝では生きにくい国となるだろう。

 しかし、だからと言って奴の無念とわたしの今の地位や玉座に座る友人の信頼、黒い鬣のいといけない小さな麒麟を秤にかけるなどとは馬鹿げている。わかっていても、わたしの頭は驍宗への復讐を考え続けていた。今となってはもう、実行を残すのみだ。
 わたしに驍宗への憎しみはない。単に一つの友情を失ったに過ぎなかった。驍宗が神籍に入った時に我々の友情は終わっていたのかもしれない。故に、それを哀しむ心も憎む心もわたしにはなかった。驍宗が国のために友情を捨てるのであれば、わたしは人知れず死んで行った仲間のために全てを捨てよう。

 驍宗か、わたしか、どちらかが滅びるまで。


 杜松子の匂いがわたしの中の熱を冷ます。
 わたしは片耳に嵌めていた赤い石を外した。小刀の先で台座から取り出して炎に翳すと、それは鮮血の結晶のように赤く輝いていた。小刀の先が触れても傷つきもせず、完璧な形を保っている。この石は戦場にいる者を守る力があると言われていたが、わたしは自分が判別のわからない死体となった時の目印に付けていた。奴はわたしが先に死んだらこれを貰ってやるといつも言っていたものだ。
 この先、わたしの死を悼む者はいない。わたしは赤い石を酒に沈め、飲み干した。


 幸薄いこの国に更なる試練を。

 かつての我が友等に憎しみの焔を。



− 了 −

This fanfiction is written by SUIGYOKU in 2006.
「13℃」(co様)阿選部参加作品
[無断転載・複製禁止] Reprint without permission and reproduction prohibition.

Bar13℃の「入荷希望詳細要項」ってそそられるモノがありますよねv
秘かに第2のヘクセンマイスター(呪術師)と呟いています。
昨年からわたしが書きたかったのはドライ・ジン、

「阿選独白。

我らはの間には友愛さえも存在しなかった。
ゆえに憎しみすら存在しない…

…では其処には何が横たわるのだろう?」(Bar13℃の「入荷希望詳細要項」より)

冷めた狂気の独白を書くことは、出来はともかくとして、かなり好みです。
この作品は、昔グローブ座で観たハムレットからイメージしました。わたしだから相当意訳をしていますが☆
舞台演出が東洋風で、ハムレットの狂気がわたしに理解できる演出だったのですよ!
対するオフィーリアは相変わらず訳のわからない女でしたが、会社の同僚にあの舞台のオフィーリアの女心は女性にはとても好評なのだけれど、と嗤われました・・・。(ふん!)
わたしにとって十二国記でのオフィーリア的存在は泰麒です。(笑)
カケルで想像しているわけではありませんが、オフィーリアだと思えば書けないこともない?(-_-;)

ジプシーもそうでしたが、この作品もcoサマの「入荷希望詳細要項」を満たしているわけではありません。
オールドファッションドグラスで赤い宝石を沈めるには絵にならないのでごつめのゴブレットを想像していただければ幸いです。それに、屋外で飲ませることができなかった・・・
阿選が酒に沈めた宝石はルビーです。常世にあるのか、ということはこの際無視して下さい。←あ、ダメ?
ルビーは「戦士の石」とも呼ばれます。それに、驍宗の眼をもイメージできるのでは・・・
決して「鋼の錬金術師」の賢者の石ではありません。(爆!)
ルビーについてはその内「宝玉伝説」でも書きたいですね。

さて、今回の酒蘊蓄は「命の水」でも若干説明していたジンで・・・
ジンには製造方法の違いでドライとジェネヴァとシュタインヘーガーがあります。
「命の水」では蜂蜜を混ぜても合いそうなジェネヴァのつもりでした。この時には常世で連続蒸留技術はないだろうと設定していましたが、極寒の地、戴の特殊技術にすればウォッカもドライ・ジンも有りだな、と思い直しました。
ですから、文中の阿選が気に入っているジンはイギリスで造られたドライ・ジン、古来からの技術(単式蒸留)で作られたジンは最初にジンを造ったオランダのジェネヴァ・ジン、この二つの酒は蒸留時にジュニパー・ベリー(杜松子)の香りを付けるのですが、シュタインヘーガーは乾燥したジュニパー・ベリーを粉にし、温水に混ぜてイースト菌を加えて発酵させた後に単式蒸留するドイツの酒です。こちらはブランデーに分類されることがあるとか・・・
各国の酒事情は「赤狗様的幻想世界−蛇足&裏語り」で語っていますので、興味のある方は読んでみて下さい。

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