光り輝くもの



 慶国は紀州の高岫山にある玉泉は長きにわたり、妖魔が巣食っていて近付くことができなかった。
 景王赤子が登極し、その治世が落ち着くと数十年間住み着いていた妖魔共も消え失せ、ようやくその玉泉の採掘が可能となった。その玉泉は柘榴石(ガーネット)や上質の翡翠、中でもロウカン(漢字変換不可。青々とした美しい竹という意)と呼ばれる最高級の硬玉も期待できた。ゆえに、採掘再開にかける紀州の民の心は弾んでいた。
 期待を裏切らずに、いや、それ以上にその玉泉にはロウカンが眠っていた。そして、今まで誰も見たことのない不思議な玉も少量だが、採れた。それは他の玉と共に州侯へ渡され、さらに、金波宮の陽子の元へ届けられた。

 氾王呉藍滌は陽子から青鳥(しらせ)を受けて自ら金波宮へ出向いた。それは内々に相談したいことがあるということだったので、藍滌はいつもの襦裙姿だった。出迎えた陽子も気にも止めず、形式的な挨拶を交わすと彼の気に入っている淹久閣へと案内した。
「上質な玉が出たということだったの」
藍滌が椅子に座りながら言うと陽子は「はい」と言って、女官から箱を受け取り、下がらせた。そして、卓子に箱を置いて、ふたを開けた。藍滌はその中の一つを取り出し、目の前に掲げてあらゆる角度から眺めていた。
「柘榴石に翡翠、ロウカンも混じっておる。長い間眠っていた玉泉から出ただけのことはあるようじゃ。これは素晴らしいね。景王はこれを範に売ってくれるのかえ?」
「氾王がお望みならば、しかし、ご相談はそれだけではないのです」
「このわたし以外に相談できぬことなのだね?」
陽子は「はい」と返事をすると袂から何か小さなものを取り出し、二本の指で抓んで藍滌の前に差し出した。
「この石の価値を計っていただきたいのです」
藍滌が掌を上に向けて腕を上げると陽子はその手に小さな石を置いた。藍滌も二本の指で抓むと光にかざして見上げた。それは一面が菱形をした六面体の透明な結晶だった。
「水晶ではないようだの。これはいままで見たこともない石じゃ」
藍滌の様子を見守っていた陽子は肩を下げて息を一つ吐いた。
「やはり、氾王もご存知ありませんでしたか。では、二点ほどご確認して頂きたいことがあります」
そう言って、陽子は箱の底から小さな金属の板を取り出し、その上に小さな轍の輪を置いて、金槌を手にした。
「輪の上にその石を置き、割るつもりで金槌で叩いて欲しいのです」
藍滌は陽子の指示通りに石を置くと、立ち上がって金槌を受け取り、思い切り石を叩いた。その手応えに首をかしげ、石を取り上げると鉄の輪はひしゃげ、金属の板がへこんでいた。光にかざした石は欠けることもなく、またヒビ一つ入ってはいなかった。
 藍滌が目を見開き、陽子を見つめると、陽子は肩を竦め、首をかしげてて笑った。
「景王には、この石の心当たりがおありのようじゃな」
「ええ、まあ。ですが、ご説明する前にその石のもう一つの特性をご覧になって下さい」






陽子は蝋燭に火をつけ、小さな暗い部屋に藍滌を案内した。そして、卓子に蝋燭を置くと藍滌を振り返った。
「その石をここで灯りにかざさずに、もう一度ご覧になって下さい」
言われた通りに石を掲げると、その石からは閃光が放たれていた。
「これは、美しい・・・」
藍滌が石見蕩れる様を確認すると、陽子は力強く頷いた。
「この石は蓬莱では一般にダイヤモンドと呼ばれています。蓬莱の文字では金剛石と書きます。この石はこの世で最も硬く、朽ち難いので、その輝きは永遠とも言われ、とても高価な宝石です。が、」
陽子が言葉を途切らせると、藍滌は首をかしげ、続きを待った。
「炭と同じ材質なので燃えてしまいます」
藍滌は僅かに笑って、石を眺めた。
「これが炭と同じとな。まったく不思議な石じゃ。景王と同じくの」
「わたし、ですか?」
陽子は目を見開き、胸に手をやった。
「紅と翡翠の宝玉より放たれる希なる光、景王そのものであろ?」
陽子は見開いた目を伏せ、くつくつと笑った。そして、次にはその強く輝く碧の視線を揺るぎなく藍滌に向けた。
「氾王は相変わらず口がお上手ですね。その言葉はもっと美しい女性に使って下さい。わたしが知りたいのはこの石がこちらでどれだけの価値があるか、ということなのです」
藍滌は溜息を一つつき、楽しそうにくつくつと笑った。。
「金波宮の男共は景王を褒め称える口を封じられておるおるようじゃな。景王に関心を持ってもらうためには優秀に仕事を果たすしかあるまいの。景王こそ男を使うのが上手いぞえ。この石の価値は景王次第じゃ」
「わたしはどうすればよろしいのでしょう?」
陽子の態度はどこまでも真面目で真剣だった。
「誰も目にしたことのない玉じゃ、景王自らがその玉で身を飾り、その玉について語れば蓬莱以上に価値が出よう。景王が紀州の玉泉の石を範に独占させてくれるのであれば、その飾りは範が景王にお贈りしようぞ。如何かえ?」
「それはもう、この石は範でなければ加工は無理でしょう。こちらからもお願いします」
陽子が丁寧に頭を下げると、藍滌は穏やかに微笑んだ。
「景王は他国の王を使うのも上手いの。景王の真摯さはほんに好ましい」
柘榴石の紅は炎のようなその髪を、翡翠の碧はその瞳を、金剛石の輝きはその魂を顕わしていたが、藍滌は言葉にしなかった。自分や慶の官吏達が告げずとも、遠くない日に誰からともなくそう称えられるだろうと、確信していた。




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常世にダイヤモンドを出現させてしまいました。(笑)
赤狗さんの『泉のほとりで〜冬〜』の鉱泉の設定でうずうずしてしまったのです。
わたしの宝石好きはきらきら光るものが好き、という烏や子供と一緒の感覚です。身に付けてみたいという願望はほとんどありません。故にその科学的な特質や物語の方が好きです。赤狗さん作品はそんなわたしの性癖にみごとにヒットしてしまいました。
常世ではこちらの浸食作用によって川で採取できるという設定は使えそうもないので、ダイヤモンドと共に発掘される岩石を調べました。一般的なものはキンバレー岩ですが、これは火山活動の結果なので、ここではエクロジャイト(榴輝岩)をモデルにしています。地質学的な説明は長くなるので省きますね。
エクロジャイトは翡翠輝石と柘榴石から出来ているのは事実ですが、ロウカンを含むという箇所は勝手な設定です。常世に翡翠と柘榴石があるかは不明ですが、駄文書きのやることですので目を瞑って頂けるとありがたいです。本当はもっと詳しい説明や、氾王との駆け引きも書きたかったのですが、冗長になりそうなので、省略しました。この後にお互いの国の利潤を巡っての話し合いが持たれると思ってください。
Albatross−宝玉伝説−
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