反逆の代償 |
それは遙か彼方の記憶、船酔いと宿酔いが一辺にやってきたような最悪の気分だった。だが、この不快さは初めてのことではなかったし、そんなに遠い昔のことでもなかった。体が重く、床に這い蹲っていても、自分がどこにいるのかはっきりとわかっていた。玄英宮の正堂(ひろま)よりも広い空間に小童の忍び笑いが木霊していた。 「顔を上げてもいいぞ、尚隆」 その言葉と共に体が軽くなった。尚隆はゆらりと立ち上がった。三千年を経た杉よりも太い柱は天井の見えない天空へと聳え、奥の壇上には不必要なほどに巨大な玉座があった。笑い声の主の小童はそこに座していた。 「今度は何の用だ?」 尚隆が無愛想に言うと目の前の子供はくつくつと笑った。 「相も変わらず無礼な奴だな。僕は君より年上なんだぞ。もっと敬意を払ったらどうだ?」 「敬意を払えるような相手だったら、赤ん坊でも伏礼をしてやるさ。いくら自分の臣下とはいえ、呼び出し方が乱暴だぞ」 「君にだけは言われたくないね。気分はどうだい?尚隆」 「お前の顔を見るまでは上々だったさ」 目の前の小童は背を反らせながら高笑いをした。 「景王の死で落ち込んでいるんじゃないかと、気を遣ってやったのにな」 小童は楽しそうに言った。 「景王の死など何度も出くわしている」 尚隆はそっけなく言った。 「では、陽子の死と言った方がよかったのかな」 「自国の民はおろか、他国の王や民にまで惜しまれる王は後にも先にもあいつぐらいなものだろう。それのどこが悲しむべき事なんだ?」 目の前の小童は眼を見開いてから背もたれに寄りかかった。 「なるほどね。では、彼女の後を追った男のことはどう思う?」 笑みの消えた小童の眼が一瞬鋭く光った。 「陽子を失った奴が役立つことはない!」 思わず声を張り上げた後で、尚隆は片眉を上げた。 「お前、まさか・・・。奴を消す為に陽子を死に追いやったわけではあるまいな!」 正堂内に小童の高笑いが響き渡った。 「駄目だよ、尚隆。君は一人で戦わなくちゃ。思わせぶりなことを吹き込んで、仲間を増やそうなんてね。彼は頭が切れる上に、しぶといんで苦労しちゃった。こんなに早く楽にするつもりのなかった景王を死なせなければならなかったしね」 尚隆は両拳を堅く握り締めた。目の前の小童は楽しそうに笑っていた。 「安心したまえ。君だけは何があっても失道させやしない。君は何時までも賢帝と称えられ、雁は繁栄し続ける。例え他の十一国が滅んでもね。それこそが、君にとっての苦痛だろう?簡単に楽にはしてやらないよ」 「ふん、簡単にお前に殺される気もないさ。お前のケツをひっぱたくまではな!」 突然、尚隆の足下が崩れ落ち、周囲が闇に包まれた。呼び出された時よりもさらに不快な一瞬だった。 「僕に触れることも叶わない君にできるかな?」 頭上で響く声を聞きながら、尚隆の意識は遠のいた。 |
「おい、いつまで寝てやがる!」 尚隆は己の半身に蹴飛ばされて目が覚め、頭痛と目眩が残る頭を抱えてのそりと起きあがった。臥牀の上に仁王立ちで腕を組んでいた六太だが、いつもと様子が異なる自分の主に四つん這いになって、その顔を覗き込んだ。 「お前、まさか行きたくないのか?」 尚隆は頼り無げに自分を見つめる六太の髪をくしゃりと撫でて、太い笑みを浮かべた。 「三人目の王を選んだ景麒のためにも行かずばなるまいよ」 六太は顔を伏せて「うん」と頷くと、臥牀を飛び降りた。 「じゃあ、さっさと支度しろよ!」 六太は振り向き様に人差し指を突きつけて、にっと笑った。尚隆は「わかった」と片手を上げて応えた。それを確認すると六太は臥室を駆け去った。 「待ってるんだからな!」 扉の外からの声に尚隆は苦笑した。 This fanfiction is written by SUIGYOKU in 2005.
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亜美様の「流れ落ちる砂」を読んでから、あのチビガキ天帝こそ、尚隆が喧嘩を売る相手に相応しい、と思い続けていました。亜美様は出産の為に一時サイトを閉鎖されるのですが、「流れ落ちる砂」は
H.v.H様の『棕櫚の庭園』
の「禁じ手の部屋」でご覧になれます。 数々の感動と設定を与えてくれた亜美様に敬意と感謝を込めて捧げます。 |
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