陽子ちゃんと怪しいおじさんたち




 それは祥瓊と鈴が堯天へ買い物に出かけた時のことだった。女の買い物に子供が付いていっても退屈だろうと二人は陽子を置いていったのだった。通常の業務が休みであったこともあり、今相手にしているのは冢宰の浩瀚、禁軍左将軍の桓堆、そして任務で付いている大僕の虎嘯だった。
「わたしも堯天へ行きたいな」
陽子の言葉に三人は顔を見合わせると、虎嘯が腕を組んで片手を顎に当てて言った。
「まあ、今日なら市も立っているだろうから、陽子には面白いと思うぜ」
虎嘯の言葉に陽子は碧の瞳を輝かせて浩瀚の服の裾を両手で掴んで見上げた。
「ねえ、行こうよ」
浩瀚は一度息を吐くと陽子を抱き上げ、自分と視線と同じ高さで陽子を優しく見つめた。
「わたし共より離れないとお約束頂ければ」
「うん!」
陽子は飛びつくように浩瀚の首筋に抱きついた。


 堯天へ降りた陽子は市で面白そうなもの、キラキラしたものに興味を示していた。今は金に翡翠を嵌め込んだ花釵を熱心に見つめていて、以前の陽子ならば見向きもしなかっただろうと、付き添っていた者達は笑みを浮かべた。
「お買い求めになりますか?」
浩瀚の言葉に陽子は振り向き、小首をかしげた。
「いいの?」
「とてもご熱心に見つめていらっしゃいますから、よほどお気に召したのでしょう?」
陽子は生来の性格なのか、小さな子供になっても、ものをねだるということがなかった。それは市に来ても同様で、好奇心に満ちた眼は以前のままに興味の引かれるものを次々と見て廻っていた。そして、ここで初めて足が止まっていたのだった。浩瀚は花釵の代金を払うと、陽子の紅い髪に刺してやった。
「似合う?」
陽子は片手で花釵に触れ、小首をかしげて浩瀚を見つめた。
「よくお似合いです」
陽子ははにかむように微笑むと、今度は桓堆と虎嘯を見上げた。二人が笑みを浮かべて頷くと、陽子は店の親父を振り向いた。店の親父も愛想よく微笑んだ。
「よく似合っているよ。随分と優しいお父さんなんだね」
親父の言葉に陽子は輝く笑みを浮かべ、得意そうに頷いた。
「うん!」
浩瀚はそんな陽子に眼を見開いてから後ろを振り向いた。二人は背を向けて肩を震わせていた。

「主上はわたしを父親だと思っておいでなのですか?」
浩瀚は店を離れると勤めて穏やかに陽子に問いかけた。
「祥瓊がそう言っていたの。浩瀚や桓堆や虎嘯はわたしのお父さんみたいなものだって」
この言葉に今度は桓堆と虎嘯が眼を見開いた。
「では、祥瓊や鈴が主上のお母さんという訳ですね」
浩瀚がそう言うと陽子は首を横に振った。
「ううん、二人はお姉さんなんだって」
三人は揃って頭を抱えた。陽子は不思議そうな顔で三人を見つめたが、大勢の子供の笑い声のする方向に視線を向け、浩瀚の袖を引っ張った。
「ねえ、あそこで遊んできてもいい?」
そこには小川があって、小さな子供から十歳位の子供までが水遊びをしていた。小さな子供には親か兄姉が付き添っていた。
「ここは桓堆の出番だな」
浩瀚の言葉に桓堆は不満そうに虎嘯を見た。
「こんなに図体の大きい父親では目立ち過ぎる」
虎嘯は申し訳なさそうに頭を掻いて桓堆に視線を送った。桓堆はやれやれと溜め息をつくと、陽子の手を取った。
「これで気立てのいい嫁さんがいたら父親でも全然かまわないんですけどね」
桓堆は背中を向けて片手をひらひら振ると小川へ向かった。
「女ってのは図々しいですね。あの二人は俺よりも遥かに年上だったはずなんだが」
虎嘯の言葉に浩瀚はくつくつと笑った。
「まあ、我々の見掛けの年齢では主上の年頃の子供がいてもおかしくはないさ。お前はここで主上を見ていてくれ」
「浩瀚殿はどこかへ行かれるのですか?」
「あの調子だと主上のお召し物が濡れてしまうだろうから、調達してくる。まあ、桓堆は放っておいてもかまわないがな」
今度は虎嘯が吹き出して笑った。

「確かに・・・」




 ずぶぬれになって戻ってきた陽子に浩瀚が着替えを差し出すと陽子は首をかしげた。
「いつもは祥瓊や鈴が着せてくれるよ」
「ご自分で着替えられたことはないのですか?」
「自分で着替えててもいつも直されるの」
元々襦桾を嫌っていた陽子を思えば納得できなくはないが、今は陽子を着替えさせることが先決だった。桓堆と虎嘯が浩瀚に視線を向けると浩瀚は溜め息をついた。
「生憎とわたしは女性に襦桾を着せたことはない」
「しかしこの中じゃ、女物の衣に一番縁がありそうなのは貴方だ。脱がす逆の要領で出来るのじゃありませんか?」
浩瀚は面白そうに言う桓堆に鼻先で笑った。
「お前といい勝負だと思うぞ」
浩瀚はそう言うと陽子の手を引き、女の子連れの母親に声をかけ、陽子の着替えを頼んだ。

「お母さんは買い物かい?」
陽子に服を着せかけながら、その母親は言った。
「ううん、陽子にお母さんはいないの」
「それじゃ、寂しいだろうねぇ」
「その代わりお父さんが三人いるから」
陽子の言葉に母娘は眼を見開いた。
「あれ、それはおかしいよ」
見かけの陽子より、二つ三つ年上の娘の言葉に母親は「これ」とたしなめた。
「でも、本当だもん」
「いいんだよ。じゃあ寂しくないんだね」
「うん、お姉さんも二人いるの、あとお爺ちゃんも」
「それは賑やかだ。良かったね」
「うん!」
陽子は嬉しそうに頷いた。
「さあ、できたよ。お父さんの処へお戻り」
母親は陽子の背中を軽く叩いた。
「ありがとう!」
陽子は礼を言って手を振ると、浩瀚達の元へ駈け出した。
「お父さんが三人って、本当にあるの?」
「さあねぇ、それぞれの事情があるんだよ」
母親はそう言って娘の頭を撫でた。

 陽子は人だかりを見つけると足を止めた。
「あれは何をしているの?」
陽子の問いかけに虎嘯はひょいと人だかりの先を見た。
「ああ、講談が始まるんだ。見てみるか?」
「どうやって?」
虎嘯は見上げる陽子に向かってにっと笑うと陽子に背を向け、腰を落とした。
「俺の肩に乗ればいい」
「うん!」
陽子は眼を輝かせて虎嘯の背中を這い登り、その肩に乗った。
「わあ、高〜い!」
虎嘯が立ち上がると陽子は浩瀚と桓堆を見下ろして手を振った。
演目は慶の民に人気のある和州の乱だったが、陽子は他人事のようにはしゃいで観ていた。

「格好いいお姉さんは陽子と同じ紅い髪だったね」
講談が終わると陽子が言った。三人が顔を見合わせて肩を竦めると、陽子は首をかしげた。
「それと桓堆や虎嘯は出てきたけど、浩瀚が出てこなかったよ」
講談に二人の名が出てくることを不思議とも思わず、陽子が言った。
「元麦州侯が浩瀚様なんですよ」
桓堆が言うと、陽子は「ええ〜?」と声を上げた。
「だって、物凄くおじさんだったよ」
桓堆と虎嘯は肩を振るわせてくつくつと笑った。虎嘯の肩に乗ったままの陽子は虎嘯の頭に両手を置き、その顔を覗き込んだ。
「温厚篤実な人間と聞けば誰でもあんな姿を想像するものなのさ」
虎嘯は陽子の両腕を掴んで、陽子を見上げた。
「ふぅん、浩瀚はそれでいいの?」
「親しい者が知っていればそれでいいんですよ」
浩瀚が優しい眼で陽子を見上げると、陽子は納得した。
「あ、祥瓊〜!鈴〜!」
虎嘯の頭の上で陽子は手を振りながら叫んだ。
三人は陽子の見ている方向を振り返り、近づいてくる二人を冷たい視線で出迎えた。
「あら、陽子も堯天へ降りてたのね。楽しかった?」
祥瓊は三人の視線を無視して、陽子に微笑みかけた。
「すごく面白かったよ!」
輝くような陽子の笑顔を確認すると、祥瓊は桓堆に自分が持っていた荷物を押しつけた。
「ちょうど良かったわ。これを持っていて」
祥瓊に微笑みかけられ、桓堆は思わずその荷物を受け取ってしまった。「おい!」と我に返っても既に遅く、祥瓊は虎嘯の横に立って、陽子に両手を差し出していた。陽子は虎嘯の肩から、祥瓊の腕の中へ移動した。虎嘯がやれれと陽子と祥瓊を見つめていると、今度は鈴が虎嘯に笑いかけて荷物を差し出した。虎嘯は眼を見開いた。
「何で俺が持たなきゃならないんだ?」
「その中には虎嘯のものも入っているのよ。当然でしょ?」
虎嘯が渋々荷物を受け取ると、鈴は陽子と祥瓊の処へ駈けよった。鈴が来ると祥瓊は陽子を下ろし、二人で陽子の手を取って歩き出した。

虎嘯は桓堆と浩瀚を振り返った。
「諦めることだ」
浩瀚は力なく笑った。
「まったく、女は図々しいよな」
桓堆は笑って虎嘯の肩を叩いた。虎嘯も肩を竦めて同意した。
「まったくだ」
そうして、三人は陽子達の後を追って歩き出した。


− 了 −
This fanfiction is written by SUIGYOKU in 2005.
背景素材:InvisicleGreen

[無断転載・複製禁止] Reprint without permission and reproduction prohibition.


やたず様( 音の始まり 思いの言の葉 )への10万ヒットお祝いにお送りした作品です。
「陽子ちゃんと怪しいおじさん達」をお送りするとお約束した時に思いついたのが、三人の父親と小さな女の子が出てくる映画「3Men and Little Lady」でした。が、完成した内容は全然違うものに・・・ ^^;)
ちび陽子ちゃんシリーズはやたず様のサイトで連載されています。小さい女の子が苦手なわたしが惚れ込んでいるくらいですから、ほとんどの方々にはお薦めです。わたしの駄文よりも百万倍も可愛い陽子ちゃんが読めます。



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