柳とだんご



江戸吉原の金波楼の店先で、若い男が店先の柳の枝を払っているのを眺めている男がいた。
男で武士には違いないのだが、花魁を見慣れた目にもまぶしいような色白で、細く山を描く眉に端を少し上げて笑みを絶やさぬ薄い唇、柔らかなその物腰ともどもかたわらの柳から生まれたのではないかと思わせるような男であった。
そして白粉もつけぬうなじは後から見ただけでも足がよろめくようで、なぜかそのあたりでまだ酔いもせぬ男が幾人もこけまくっていた。

若者は梯子から降りようとして男に気づいたが、朝も遅い時間で人通りも少なく、客が来る時間ではなかった。

「いらっしゃい、誰かにご用ですか?」
「たぶん貴殿ではないかと思うのですが。浩瀚という方を捜している。」
「私ですが。」
「拙者は朱衡と申す。北の藩の者ですが、少しお時間を頂戴できますかな?」
「よろしいですが、店は掃除中なので、あちらの茶店にでも。」

浩瀚は頭を軽く下げて同意する男を連れて茶店へ行ったが、用事にはとんと心当たりがなかった。たまに花魁に飽いた男に言い寄られることもあるが、そんな物好きでもなさそうだ。そもそもこの男の方が簪の一つも挿せば吉原一の売れっ子になれそうだった。

無礼と言われてもしょうがないほどまじまじと見てしまうこちらの視線を気にした様子も見せず、朱衡と名乗る男は美味しそうにだんごを食べていた。

「で、ご用はなんでしょうか。」
「はい、先頃私の上司にあたる方がこちらで貴殿にお会いしたそうで。」
なぜかこの「上司」と言う時、妙に忌々しげなのがおかしかった。よほどやっかいな男なのだろう。
「その時我が藩にお誘いしたが受けていただけなかったので、拙者が改めて遣わされたのです。」

そこでやっとどの男のことかが思い出した。たしか風漢と名乗るやたら強い男だった。剣の相手をして飯をおごられ一晩酒を飲んで語った。
たしかにあれを上司にもてば、おもしろい毎日だろうが部下として仕えるのははさぞ大変だろう。

「ああ、あの方でしたか。とてもありがたいお申し出でした。
しかし申し訳ないのですが、私は他藩にお仕えすることは出来ません。もし仕官するならやはり荒れている生国で働きたいと思います。今はそれすらも出来ない状況なのですが。」
「なるほど、たしか今は学生とか。」
「はい、信天翁塾というところの学生です。ここはまあ、気晴らしを兼ねた小遣い稼ぎです。」
「どんなことを学んでおられるのか?」
「今は師がお忙しくご不在がちですので、学生が勝手にやりたいことをやっておりますが、よい先輩にも恵まれ、同輩ともお互い学ぶ事も多く。
それに師にも近々お時間が出来そうなので、そうなればまた理想とすべき国について学べそうです。」
浩瀚は問われるままに話し始めた。

「私は藩の力になりたいと学び始めたのですが。国元では先代の藩主が傾城の咎で幕府の怒りを買い、代わりのお世継ぎは出奔なされたまま。それを良いことに家老達の横暴は目に余るほどで国は荒れる一方です。ですから風漢殿のお誘いは嬉しかったのですが、そんな国だからこそ捨てるわけにはゆかないのです。」

若い貌に国を憂う気持ちを浮かべ、それでもくじけず理想に燃える姿を、最後の一本のだんごの串を未練がましくなめながら朱衡は微笑んで見つめていた。

「お気持ちはよく分かりました。まあ我が藩には国主はいる事はいるのですが、ブツブツ・・・」
なぜか力が入りすぎてだんごの串を歯でかみ砕いてしまった。ベキッ。

「あ。」
浩瀚はその姿にすこし怯んだ。

「しかし、不敬な言いぐさに聞こえるやもしれませんが、我々臣下にとって藩主はいわば国の一部、これはある意味人ではありません。これが誰になろうがどんな人物であろうが、結局毎日の国の営みはごく当たり前の人である我々にかかっています。ですからよい国づくりを目指されるなら、しっかり今のうちに学ばれることです。」

「ありがとうございます、貴藩のような大藩の方からそう言っていただくと励みになります。」

年上で見るからにデキそうな男に励まされて本当に浩瀚はうれしくなり、こんな先輩のいる藩への任官に一瞬心が動いた。しかし、いつかきっと自分の手で藩を立て直すという夢を捨てる気にはならなかった。

「さて、上司には私ではお気持ちを変えることは出来なかったと伝えておきましょう。実は私自身も大変残念な気がしております。」
朱衡は立ち上がりながら若者を優しく見つめて言った。
「あなたなら、いつかお国へ戻りご自分の目指す事ができるでしょう。私がそれを風の便りに聞く日が来ると思いますよ。」
「そんな日が来ればきっと私の方からお知らせいたします。」

そんな日が本当に来るのだろうかと思わないと言えば嘘になる、しかしこの出会いは浩瀚にとって行く末に不安ばかりであった日々の中で一つ小さな火が灯ったような思い出となった。



玄英城の家老朱衡の元に、南の藩の新しい家老から小さな荷が届いた。

開けてみると笹に包まれただんごがたくさん入っていた。 つきあいのない藩から、まして覚えのない者からはて何だろうと思いながら添えられた手紙を手に取った。
読んでみるとそれは以前江戸藩邸から脱走した主を捕まえに行った時、その主から頼まれて吉原で会った若者からであった。あれから何年もかかったが、ついにあの若者は若い日の夢を実現したのであった。

手紙を読み終えると、朱衡はにっこり笑ってだんごを食べ始めた。

その後長きに渡り毎年南の藩の名物笹だんごが北の城に届けられた。


The end 2004.09.17UP
This fanfiction is written by TAMA in 2004.

[無断転載・複製禁止] Reprint without permission and reproduction prohibition.


<管理人の蛇足>
当サイト1周年記念に頂きました。実はレッツ、マイナーリンク!の「凍結果実」様、「13℃」様のお誕生日が続いていたので、いつまでも仲良く、と果実さんが大好きな朱衡さんが登場しています。流石にcoさんの「軍服フェア」を取り入れることはできなかったようですね(笑)。でも、侍であることが一緒にしようとした名残を感じるのですがどうでしょう。
内容的には拙作「邂逅」後の江戸時代パラレルです。まあ、知らなくても楽しめますが・・・
浩瀚が遊郭でバイトをしているのは「邂逅」の設定です。(^^;ヾ
このことに関しては、たまさんではなく、わたしの神経を疑って下さい。
それにしても、この二人に月代は似合うかもv(駄目?)
たま様改めまして、最初から最後まで楽しめるSSSをありがとうございました。m(_ _)m




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