淡い光の結晶が、ちらちらと空から舞い落ちてきた。 ――蓬莱<あちら>では確か粉雪とかパウダースノーとか言った筈だ。 手に落ちてもすぐに消えてしまうそれを見て、彼は寝台のある房室からこっそりと抜け出した。 もう一度、その淡い雪に触れたくて。 もう一度、その儚い思い出に触れたくて――。 幻の雪パタパタと、廊下をかける音が反響している。一生懸命に走る姿は、周囲の者の口元を緩ませるのに、十分なものだった。 女官に女御達は、彼をみて順々に叩頭していく。もちろん、官吏たちも。 叩頭される彼は『高里要』という。否、今はこの戴極国の宰輔・泰麒『蒿里』であったか。今、彼は己の主上に伝えたいことがあり、必死になって走っているのであった。 もうすぐ、主上のいる房室…というところで、「どすん」と彼は誰かにぶつかってしまった。 「どうされました?台輔」 禁軍の将兵と同じ様な格好をしているのに、(彼にとって、"兵隊"とは男性を指していた)物柔らかな女性の声が振ってきた。蒿里の好きな女性である李斎であった。 「あのね!あのね、李斎。すごいんです。雲海が、真っ白で、本当にすごいんです!」 そう笑いながら言うと、はやく驍宗様に知らせて差し上げないと、と彼女の手を引きながら主の所に急ごうとしていた。 (――泰麒は本当に可愛らしくていらっしゃる) 彼女がそんなことを思っているとは露とも考えていない彼は、なかなか来てくれない李斎に、どうしたのかとたずねてくる始末。 彼が、急いで驍宗の部屋に行こうとしていると、見晴らしの良い露台の上に人が集まっていた。驍宗の懐刀と言われる人達が。 「あれ?正頼!何をしているの?何かあるの?」 驍宗を呼びに行くのを一先ず置いといて、泰麒は疑問を彼にぶつけた。正頼はにこりと笑うと、周りの仲間たちを振り仰ぎながら言った。 「いえいえ、雲海の下に積もった今年の初雪を眺めていたんですよ」 台輔はどうしてまた?との質問に、李斎とくすりと笑いあうと正頼の耳にこっそりと囁いた。 「正頼と一緒です。きれいな景色だから、驍宗様に知らせようと思ったんです」 彼らの愛らしい台輔の様子に、一緒に見ていた気難しい事で有名な琅燦ですら、思わず笑っていた。 「おやおや、ではじいやが台輔にお知らせしようと遣った臥信も無駄足ですね」 「そんなことは無いみたいですよ、正頼。ほら、臥信があの方をお連れしましたから」 子供の前でなんですかと、琅燦のタバコを取り上げながら英章がいう。 「あ!驍宗様!」 泰麒は己の主に抱きつかんばかりに駆け寄った。 「おやおや、なんて嬉しそうなんだか」 こちらまで嬉しくなるという言葉を隠し、琅燦は懲りずにタバコを取り出す。 「泰麒はこの国の希望ですから」 言外の彼女の意を汲み取った李斎が苦笑しながら言う。 「私がお側に仕えさせていただいているんです。そうそう悪い御子にはなりますまい」 自分の教育の仕方は万全だと言わんばかりの正頼。 「私はお前に任せていると、爺さんくさい言葉にならないかが心配だな」 英章が皮肉を利かせて言う。 それぞれの言葉に、何か気に食わないところがあるのか。 「なによそれ」 「ほら、意思を汲み取って差し上げただけで…」 「私は随分と年を食ってますよ。まぁ貴方の外見よりは若いかもしれませんが」 「は!おまえ高々2〜3歳外見年齢が低いからって…」 臥信にいたっては、「我関せず」を貫くようだ。 「蒿里、あいつらはどうしたんだ?さっき迄は随分仲良くしている様に見えたんだが…」 「どうしたんでしょうね、でも…やっぱり楽しそうですよ!」 くすりと笑う泰麒を、驍宗は確りと肩に抱き上げた。 「ほら、見ろ。蒿里!これが戴極国だ!」 そこに広がっているのは、白銀の雲海。 いつもは、城下の様子を映し出す鏡のようなその海は、今はなにものにも染めることの出来ない白さを見せていた。 水面に陽光が煌めき、更に白銀の雲海を輝かせた。 太陽が放つ、橙の色だけが奥のほうから水面を色づかせていく。 この煌めきに、誰もが思った。これはこの国のこれからを祝福するものだと。 一人露台の上で雪を見ていた彼は、影が近づくまで、人が近づくのに気がつかなかった。 以前では、ありえないことだった。 「何をしておいでですか、泰麒?」 片腕の将軍・李斎は、やさしく彼にたずねた。その質問に、彼はゆっくりと答えた。 「思い出していたんです。あの日見た…僕があの国で見た最初の雪の日の朝のことを。 もう、戻らないあの日を思いだしていたんです」 とても大切なものを守る様に差し出された手のひらに、体温で消えていった雪の跡が残っていた。 彼は知っていた。 もはや、暗闇の深遠にあるこの国に、あの景色を臨む場所が無いということを。 彼の目の前にある雪は、どす黒く色づいていた。 そして、今日。 彼は、この「黒き雪の大地」を「鮮血<あか>い雪の大地」に変えるのだ。 あの日の雪は、もう全て溶けている。 それでも、彼はひと時夢を見ていたかった。 それでも、彼は思いだしたかった。 「驍宗様…みんな…何処に…」 もはや、彼の祖国はそこには無く。彼の言霊が、虚しく響いた。 彼の手に落ちたのは――幻の雪。 This fanfiction is written by RYOKU in 2004. [無断転載・複製禁止] Reprint without permission and reproduction prohibition. |
シビアでシリアスな話は大好きです。りょく様ありがとうございます〜〜〜! 読めば読むほど、わたし好みな内容です。泰麒にあまり愛がなかったわたし(李斎にはたっぷりあるケド)ですが、この戦場に臨むような高里要が格好良くさえ感じてしまいます。ポイントを外している? 「黒き雪の大地」に過酷な現状を、「鮮血い雪の大地」に壮絶な決意を見ました。そして、短いながらも幸せな時代がなかったら恐らく正気ではいられないであろう行く末が気になります。小野主上の新作が出るまで、この高里要の姿が脳裏に焼き付きそうです。 思えばウチには戴国がなかった、と送って頂いた作品をありがたく頂戴致しました。いや確かに慶や範しかありませんけどね。 軍人モノが好きなら戴国は美味しいはずと、ふと思ったのです。登極前の驍宗はシュナイダー少佐(ジャック・ヒギンズ「鷲は舞い降りた」)バリの格好良さがあるし、女将軍の李斎は魅力的なのにねぇ=3 りょく様は確か似たような趣味をお持ちでしたよね? こちらに投稿してくれとは申しませんが、書かかれないかしらん。でも、喜ぶのはわたしぐらいなものか・・・ |
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