闇の中で暗闇の中に、窓があった。 ぽつんと佇むその存在は、闇の中でより一層浮く存在であった。 ――何で、こんなところに… それは、何故窓があるのかという問いなのか、何故自分がこんな所にいるのかという問いなのか。赤い髪と翡翠の瞳を持つ少女――陽子は、誘われるように窓に近づいた。 ――…?誰かがいる。 窓に近づくと、人影が見えた。窓の反対側に行こうとしても、また同じものが見えるだけ。どうやら窓に映る世界は、こちらとは違う世界らしい。それもまた、彼女が体験してきた数々のことを思うと、彼女はありえると小さく笑むのであった。 彼女が近づいたのを、窓に映る人も気が付いたのであろう。ふと、こちらを見やった。 ――まるで、麒麟のようだ。 すっかり、常世風の考えになっていることに気が付かない陽子は、それでも見とれていた。 窓に映っていたのは、とても美しい佳人であった。 純金を溶かした液に最高級の絹糸をたらして染め上げた様な髪、海底の藍<あお>を閉じ込めた瞳、豊穣の森に約束される最高級の蜂蜜の色の肌。 その絶妙な色合いに、この世の女性という女性は羨むだろうと想像した。しかし。彼女の眼光に潜む強い力を見ると、守られる女性という考えは吹き飛ぶ。 寧ろ、戦場で顔といわず、体中から血を流し、またその血が似合う女性。そんな気がしてならなかった。 呆然としていると、彼女から声をかけてきた。 「何故こんな所にいる」 傲慢な、命令を下すことに慣れている口調で言う彼女に、陽子はあわてて言った。 「さぁ…いつの間にか」 眉間にしわを寄せる女性にあわてて問いかけた。自分は陽子であることと貴女の名前は何であるかと。 「ヨウコ…日本の少女か?私はインテグラ――」 音が中々聞こえない。ただ、彼女は私が『日本人』であることに驚いているようだ。確かにそうであろう。欧米人も真っ青の見事なストロベリーレッドの髪に、目玉収集愛好家という犯罪者に目をつけられたら絶対奪われるだろうと言うほど見事な碧の瞳。陽子自身凄いと思っているのだから。 陽子は、インテグラが蓬莱のことを『倭』ではなく『日本』といったのに気が付いた。どうやら、彼女がいた時代と同じころらしい。よくよく見てみると、彼女が着ている服も自分がいた時ととなんら変わらない感じがした。ただ、仕立ての良い「紳士服」を着ているように見えるのだが。 自分と、同じようなことをしている女性がいる。そんなことにちょっと気を紛らわせた陽子は、インテグラに質問を幾つか投げかけ、会話を楽しんだ。だからだろう、インテグラがある質問をしたとき、本音を溢してしまったのは。 |
「時々、血を見るのを辛いと思う時はないのか」 彼女のいう「血」とは人のものなのか、フリークスのものなのか。陽子には分からなかった。ただ、『自分のために流されている血』の上に立っているのは、二人とも同じことであった。 だから、陽子は言う。 「怖いよ。とても。だけど、私が生きていくには、生き続けようと思ったら、消してなくならないの。そして、『私のため』という言葉に押しつぶされる。自分はそんな事望んでなどいないのに、と――」 陽子の言葉に、インテグラは年相応の優しい笑顔を向け、そして彼女より長く、見えない血で穢れる手を持つ者としての自負を与えようとした。 「その考えがいけない。『私のため』などと、考えるからいけないのだ」 目線で先を促すと、インテグラは陽子に言う。先を知る賢者が、まだ何も知らぬ弟子に諭すように。 「ただ、配下の者達に言えばよい。『我が名において敵を倒せ』と」 「それは、『私のため』という言葉と何が違うというのです?」 同じことではないかと、陽子はインテグラに詰め寄る。だが、インテグラは違うという。 「全く違う。私の名においてといったら、それは『サー・インテグラル・ファルブリケ・ウィンゲーツ・ヘルシングの名において』という事になる。ヨウコ、貴女は名前をいくつ持っている? 『貴女のため』というのは、全ての名前に、全人格に責任を負わされるから、破綻していくものだ。だが、貴女が表向きの名前を持つ人間なら」 それは、その名前の時の自分に降りかかる責任だと。それ以外の自分の時は、冷静に時間を楽しみ、休息をとらなければならないという。また責任を背負い込む為に。 「上に立つものは、幾つもの顔を持たねばならない。唯ひとつの顔しか持たないものは、自分も周囲も不幸にさせるよ」 「でも!」 遮る陽子に、言葉を続ける。 「ヨウコ、この方法はね、自分と一族――又は国家でも構わない――が同義であると言えるほどの人物じゃなきゃ使えない方法だ。貴女はそうではないのか?」 続けて、彼女は言う。 「『私の名において』これを言う時、それは我が一族総意のものであることになる。責任は私にかかってくると同時に、一族にもかかってくるのだ。貴女もそうだろう?」 陽子に意味が伝わるのをゆっくり待つと、インテグラは笑った。彼女の大切な老僕が見たら、泣き出すほど懐かしがる笑顔で。 「だから、この言葉を使う時は、気を付けなければならない。私に責任があるのと同時に、その名において行われた行動は、ヘルシングの行動ととられるのだから」 「貴女は、それで大丈夫なのですか」 陽子は、それでも彼女に問うた。 「私の名で流される血は、決して少なくはない。その殆どが私が直接手を下しているわけではないのに、私の手が汚れていることには違いない。だからこそ」 だからこそ、『我が名において』という言葉を使うのだ。聞くものが違ったら、それはより責任の所在を強めるようなことを。 「ヨウコ。貴女は私よりも直接的に血を流すのが多いのだろう。だが、貴女は自分が流す血のほかに、他人が流す血の責任も負わねばならない。ならば、自分が直接血を流すのを少なくする方法を考えなさい。抱え込む責任を背負えないような手では、何も出来ない」 それは、陽子が何時も口うるさい半身や、友人達に言われることと同じことであるのに気が付いた。 インテグラは、陽子に自分の手を見せる。 「ほら、この手は白いだろう?女性の手とはいえないほど無骨な手だが、やはり白い。だが、この手は一番血を多くすっている。最も赤い手なのに白いんだ。これはね、事後処理をするものの手が、汚いと何も出来ないからなんだ。掃除する手が一番血を吸っているのに、表面上は白い。面白いだろう?」 そして、どこか遠くを見るように、呟く。 「いつか、私の僕に言われたことがある。ある事件で、事件解明の為には人を殺さねばならなかった時だ。化け物<フリークス>共を相手にするのではなく、人を殺す時。彼は言った。僕の分際で、私に問うた」 |
【…ただの普通の何も分からぬ人間達だ。 私は殺せる。 微塵の躊躇も無く 一片の後悔も無く殴殺できる。 この私は化け物だからだ。 では、お前は?お嬢さん<インテグラ> 銃は私が構えよう 照準も私が定めよう 弾<アモ>も弾装<マガジン>に入れ 遊底<スライド>を引き 安全装置<セーフティー>も私が外そう だが 殺すのはお前の殺意だ さぁどうする命令を!! 王立国教騎士団<HELLSING>局長 インテグラル・ファルブリケ・ウィンゲーツ・ヘルシング!!】 「貴女は如何答えたのです?」 声高らかに彼女は答える。 【私をなめるな従僕!! 私は命令を下したぞ 何も変わらない!! 『必見必殺<サーチ・アンド・デストロイ>』!! 『必見必殺<サーチ・アンド・デストロイ>』だ!! 我々の邪魔をするあらゆる勢力は叩いて潰せ!! 逃げもかくれもせず正面玄関から打って出ろ!! 全ての障害は ただ進み 押し潰し 粉砕しろ!!】 インテグラは、声を落ち着けると陽子に言った。 「何も、私のようになれとは言わない。だが、『自分』を見失うな。 見失ったら最後、今までの全ての闇がお前を捕まえに来る」 それは、王達<だれも>がいう事実。ここでも又同じ事を言われることに、陽子は自分の不甲斐無さを思い知る。だが、それも彼女がまだ可能性があるからこそ。 「引き金は、全て貴女が引く。それを忘れなければ、後は何をしようが、誰も文句は言うまいよ」 陽子より血塗られた時間を長く持っていた美女は、そういうと陽子の後ろを指し示す。 「どうやら、私たちの時間が交差するのもここまでのようだ。あの光に向かっていきなさい。楽しいひと時をありがとう」 振り返ると、奥に小さいが眩しい光が見える。 そういう彼女に、陽子は最後の質問を投げかける。 「貴女は何をしたいのです」 答えて、彼女は言う。 「私の代での、全ての終了。フリークス退治も、王立国教騎士団も、一族さえも絶えさせる」 その言葉に、勿論陽子はインテグラ自身が含まれていることに気が付いたが、聞かないことにした。 「私も楽しかったです。流れる時が違うのは分かりますが、また会えると良いですね」 もう一度彼女を見ようと陽子は窓のほうを振り返ったが、もう彼女はいなかった。 陽子は、光のほうへと歩き出した。そして、次第につい先ほどまで会話していた相手も誰であるかを、忘れていた。それは、彼女がもう直ぐ眠りから覚めることを意味していた。 全ては、闇の――夢の中の出来事。 「どうした、インテグラ」 執務室の仏蘭西窓で、うつらうつらと寝込んでいる主を見つけたアーカードは、ゆっくり問いかけた。 彼の存在に眼を覚まされたインテグラは、普段起こされると機嫌が悪くなるのに、今回は彼の質問に答えるという珍しいことをした。 「夢を見ていた」 ほう、夢か、と夢を見ることの無い化け物であるアーカードは珍しそうに主を見る。 「まだ若い少女に、講義をたれる夢を、な」 その答えに、相槌を打つのを慎重に避け、彼はいった。 「寝室へお連れしようか?お嬢さん<インテグラ>」 昔よく聞いた台詞に、インテグラは否という。だが。 文句のひとつも言えないほどの疲れが、ここ最近の激務で彼女にのしかかっていた。 落ちる瞼を押し上げることが出来ないインテグラを、アーカードは大切なものを扱うように抱かかえた。 「昔のように、頼ることも必要だと思うがな、お嬢さん」 闇に消える優しい言葉を、彼女は聞くことが無かった。 落ちる速度と砂の量が違う世界の少女との出会い。 それは、彼女達の束の間の休息なのか、新たなる恐慌の幕開けを示すものなのか。 眠り落ちる彼女には、分からないこと。 <了> This fanfiction is written by RYOKU in 2004. [無断転載・複製禁止] Reprint without permission and reproduction prohibition. |
あまりにも格好いい会話なので、ヘルシングを読んだことがないくせに頂いてきてしまいました。りょく様のサイトオープン記念配布作品です。 他者の命運を握り、人の命を奪う命令を下さなければならない立場の二人の会話、その王者らしい考えにしてやられてしまいました。悲壮感と高揚感があっていいです! この作品でヘルシングを読みたくなったのは、わたしだけではないでしょうね♪ 改めまして、りょく様サイトオープンおめでとうございます。買い替えたPCにHP作成ソフトがあったとお聞きして以来、本当に楽しみにしていました。 |
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