The longest day.



 全く持って、ミレニアムのドクという人物は、大変なトラブルメーカーである。
これまで散々英国国教騎士団《HELLSING》を苦しめてきたヴェアウォルフにバレンタイン兄弟の様な簡易吸血鬼化の成功、――そして、我ら異名高き『ゴミ処理係ウォルター』の青年化など、数えたら限が無い程のトラブルメーカーである。
 そんな彼が、またなにやら奇妙な実験に成功したらしい。
その情報を掴んだインテグラが、下僕《アーカード》に
「ツベコベ言わずに、その実験成果を破壊してこいぃぃ!!」
と、セラス曰く『鉄の女』の形相で吹っかけたのは、致し方のない事だったと言えよう。

――――例え、それが『とある人物』にとって厄災だったとしても。


‖†††‖


 どんよりと重い空を見上げ、春先に訪れる雷でもそろそろ来るのだろうかと、憂鬱な表情を浮かべる赤髪の女武人が禁軍練兵場に佇んでいた。彼女の長髪は、緩やかではあるが波打っている為、空模様の情報は掴みやすい。要は、微妙な水分を感知した髪の毛は、纏まらずに彼女を煩わせていたのだ。
「ったく。慶国《ここ》は霧の都“倫敦”じゃ無いんだけどな」
 極端な例をブスっと呟くと、彼女は“すとれす発散”に付き合ってもらっていた左将軍《桓堆》に礼を言い、美味しい午後のお茶を鈴に淹れて貰おうとドスドスと足音を立てながら、正殿へと戻っていった。
 今日の彼女――陽子のご機嫌は、非常に悪い。
何時ものこと、と言ってしまえばそれまでなのだが、如何いうわけか今日は台輔、景麒と相性が抜群に悪かった。―――官吏一同にしてみれば、天気の所為だと思いたいところである。
「ったく。こんなどっちつかずの天気なのもみんな景麒が悪いんだ!」
 どこか、景麒が可哀相な感じになる理由だが、未だ陽子の虫の居所は悪かった。
「あの幸福が逃げていきそうな薄い顔のぬらりひょんめ!!」
 最早、己の第一の半身であると言うよりも、彼が常々言い続ける『下僕』という言葉のほうが正解である様に思える。更に長々と続く罵詈雑言は“慈悲の麒麟”の為にも削除させて頂く。
 と、延々と半身に対する悪口も尽きて、もう直ぐ鈴がお茶の準備をしている房室にたどり着く――という時、その房室から良く聞く女性――鈴の甲高い悲鳴が聞えた。

「一体、如何したって言うんだ、す………!?」
 凄い勢いで駆けつけ、『鈴』と名前を言う口の形で固まってしまった陽子が見たのは、いつもならお茶の時間は喧嘩も休戦として座っている景麒の場所に、見知らぬ偉丈夫が優雅――その妖しい雰囲気も優雅の範疇に入れても構わないのであれば――に足を組んで座っていた姿だった。
「…………お…だ…ど……えぇ!?」
 陽子はたっぷり一分は口を開き、『お前は誰で、一体何所から来たんだ……ってえぇぇぇぇ!!』と言いたい単語の語頭で済ませた。鈴に到っては、見知らぬ偉丈夫の妖しい雰囲気に惑わされたのか、腰が抜けたのか。見つめたまま動かない。鈴の悲鳴を聞きつけ廊下の奥から親しい友人、仲間たちが駆けつける足音と、「どうしました!?」という声が聞えたが、彼女達には何もいえなかった。


 そして、その足音の中に自分の麒麟のものが無いことに、武人である陽子は密かに気付いたのである。

「一体、あいつは何所に行ったんだ………」

 ため息ばかりをつく彼女の半身は、如何やら行方不明な予感がした。



‖†††‖



 たっぷり一時間にわたる衆人環視。
その均衡を破ったのは、優雅で胡乱な男が放った一言だった。しかし、それは陽子以外の金波宮の住民――陽子の生え抜きの側近たちを混乱させるには十分だった。
「吸血鬼……ですか?」
「ああ」
ずずずずずーっと紳士の国《英国》から来たとは思えない礼儀でもって、『紅茶』を飲む男は短く答えた。きっと「こんな薄いお湯を飲むくらいなら、葡萄酒《命の水》の方がまだ上手い」などと思っているのだろう。「吸血鬼とは何ぞや」と、一通りの説明を聞いた側近達はそう思った。ただ、『お茶を飲む』という行為自体も、吸血鬼にとっては苦行であり、それが出来るこの男の力の強さを証明することだとは、陽子以外は知らない。
 吸血鬼がどんなものであるかを知っている陽子はもっぱら聞き役に徹し、鈴や祥瓊、浩瀚に桓堆、遠甫に蘭桂の質問に答える吸血鬼を観察するに留めている。
 何かを深く考えているようなのだが、周囲の者達――吸血鬼を除いた――は全く気付かなかった。

「如何やら、貴方は妖魔ではないようですね」
 ほっと一息を付いた浩瀚は、吸血鬼が此方の人に害を為す妖魔の一種ではないかと危惧していたのだ。だが、それが此方の妖魔ではなくアチラの妖魔みたいなモノだというのに安心してよいのだろうか。
何せ、この吸血鬼《No life king》は、人の形を取ったり、犬の形を取ったり、またまた蝙蝠の形をとったりと、変幻自在(年齢設定込み)なのだ。
 しかし、慶国の最高頭脳が安心したから良いのだ、というよく分からない納得の仕方をした他の面々は、その答えに安心したのかどんどん「アチラの妖魔」に質問を浴びせる。
鈴は「貴方の名前は?」
祥瓊は「血を吸うというけど、此方の人間でもいいの?」
桓堆は「力が強いというが、猛獣の半獣と比べても?」
遠甫は「して、どれ位生きているのかね」
蘭桂は、ただ唯珍しいお客人を見つめるだけである。

 珍しげに観察されるのは何時ものことだが、こうも【恐怖の顔】が揃わないことが珍しいのか、その男はそれぞれの質問に答えようと口を開きかけた。ら……

「はい、スマン。みんなちょっと出て行ってくれないか」

 陽子がポツリと、それでいて少し厳しい口調で言った。
折角の新たな知識吸収のチャンスを途中で遮られた側近達は、口々に文句を言おうとする。
 王に向かって口答えをする事など、他の宮殿では――玄英宮以外では珍しいといわれるが、金波宮でも当てはまる事である。しかし、今はそんな事など関係はなく―――陽子は眼光鋭く、側近である友人達に退室を求めた。


‖†††‖

「折角の新たな知識獲得の“ちゃんす”だったのにのぅ……」
 遠甫の呟きも、思いっきり無視して、陽子は扉を閉めた。

 閉めた扉にピタリと張り付いて、出て行った者達が聞き耳をたてていない事を確認すると、彼女は吸血鬼のほうを「くるり」と音をたてながら振り向き、そして「ずささささっ」と音を立てながら、物凄い勢いで吸血鬼に近づいた。

「もしかして、景麒と交換されていたりする!?」
 期待を込めた眼差し――それはもう、瞳はギラギラと脂っこい輝きを見せている――で、陽子は吸血鬼に尋ねた。問われた吸血鬼は、答えて曰く―――
「……私が【何】であるかは気にならないのか?」
「まったく★」
 目の前の吸血鬼の代りに景麒が“アチラ”に飛ばされたかも知れない……等という仮定は、陽子は既に放り投げ、決定事項として捕らえているようである。嗚呼、哀れな景麒!

「ふむ、私の名前はアーカードだ。少なくとも主《あるじ》は、私をそう呼ぶ」
 不思議そうに陽子を見ていた吸血鬼は、唐突に彼女に言った。
「私は中嶋陽子だ。こんな外見をしているが、コレでも昔は普通に赤みの強い茶髪に黒目の日本人だったんだ。今は、この常世の慶という国の女王をしている。よろしくな!」
 言われた陽子は、疑問も何もかもすっ飛ばして自己紹介をすると、自ら“アチラの妖魔”に手を差し出し握手を求めた。

 何か感じあうところがあったのであろうか、アーカードと陽子は「にやり」と不気味に笑った。


‖†††‖


『ぎゃぁぁぁああぁぁあぁぁぁあ!!!』
 金髪を有する長身の男性が、200mの世界記録を塗り替えそうな勢いで、ロンドンのメインストリートの一つであるベイズウォーターロードを突っ走っていた。
 青年の形相は凄まじく、この世の終末《おわり》を見たのか、最悪の悪魔に遭遇したのか。
 その両方であろう。彼は、このイングランドにおいて、最悪の【化け物退治処理組織】――英国国教騎士団《HELLSING》――の雇われパイナップルアーミーさんたちに追われていたのだから。


 話は、一時間前である。
何時ものように、景麒が主上との喧嘩を休止して行われるお茶会にイソイソと向かい、何時もの席に座ると、突如として身体を歪ませる感覚がした。“蝕”の感覚に近いソレを感じ、気持ち悪くなったと思ったら、目の前に見たことが無い麒麟がいた。

 見たことが無い、麒麟―――最高級の絹糸を金で染め上げ、蜂蜜色の肌を持ち、紫水晶《アメジスト》ではなく、青玉《サファイア》を保有する麟だった。

 吃驚して、その女性を見つめていると、目の前に突如として現れた人間に対する驚愕の反応ではなく、女性らしい可愛い悲鳴を上げるような反応でもなく、景麒にとって最悪の反応を示した。

「貴様………あの化け物《アーカード》に喰われたんじゃないのか?」
ずごごごごごっと地獄の第七層《暴虐地獄》から響いて来るような重低音をさせながら凄んでいる目の前の女性に、景麒は彼女の言っている内容よりも早く、身の危険を察知した。
「あの――…、誰かとま」
間違えていませんか?と続く筈の言葉は、女性の執務机をバンっ!と叩く音に遮られた。
「執事《ウォルター》!!婦警《セラーッス》!!ルーク・バレンタインを速やかに排除しろ!!」
「はい、お嬢様《Yes,My lord》」
「はい、局長《Yes,My lord》」
問答無用で現れた、死神《デス》と吸血女《ドラキュリーナ》の禍々しさに、思わずよろける景麒。
「あの……こちらは、どちらで」
 どちらですか?と尋ね様とした彼の鼻先3mmを、合金で作られたワイヤーロープが掠め、彼の金の鬣を数本攫って行った。驚いて、その場から離れようと身体を動かそうとすると、今度はワイヤー使いの後ろにいたはずの女性が、有り得ない加速で彼の前に現れた。「にいぃぃ」と口角が有り得ない角度で持ち上がると、兇々しい血色の瞳で彼を“拘束”した。

 恐怖に陥った彼が、思わず転変した―――のなら、話は早かったかもしれない。もしくは、鳴蝕を起こしたのなら、常世にスムーズに帰れたのかもしれない。しかし、彼はそのどちらも選ばず(否、選べず?)、驚異的な運と麒麟の力で持って、吸血女《ドラキュリーナ》の邪眼から脱出した。
 そして、そのまま一時間に渡る、壮大な追いかけっこが始まったのである。


「ここここ、此方は主上がいた倭国じゃないのですかーーー!?」
 逃げ続ける景麒の質問に答える人は誰もいない。
むしろ、彼が何かを言う度に、背後から乾いた音をたてながら、鉛の粒が飛んできた。
 最初、冬器ではない武器で彼を傷つけるのは、無理だと思っていた。
しかし、ワイヤー使いの妖しげな武器といい、今自分を追っている兵士達が持っている武器が放つ鉛球などが身体を翳めた事で、特殊な加工をされたものである事に気付いた。すると、鉛球から感じられる気配が、冬器のそれに似ているのが分った。―――彼は知らないことだが、英国国教騎士団の使用する武器は、全て化け物退治に有効な教会の洗礼を施されており、それは勿論霊獣である麒麟を含めた仙を殺傷することが可能なものであった。

 余りの恐怖に、とうとう転変して麒麟の獣型をとって逃げ出したら、それが決定打になってしまった。最初に転変して逃げ出していたならば、状況は違ったかもしれないが、既に事は遅すぎたのである。
「やはり最後の大隊《ミレニアム》の吸血鬼だ!グールじゃねーぞーぉおお!」
直ぐ後ろを走っていた金髪の三つ編隻眼男に叫ばれる。そして、なにやら恐ろしいことも言うのだ。
「ここで、アイツを仕留めたら、局長から特別ボーナスにお嬢ちゃん《セラス》の熱いKISSに、旦那《アーカード》からお褒めの言葉が貰えるぞ!野郎共、気張ってかかれーーーー!」

「い゛や゛ぁぁぁああぁぁぁあ!!!!」
景麒の絶叫は、聞き留められそうに無かった。


‖†††‖


「アーカード殿といったか?一体いつまで此方に滞在されるのか?」
陽子は、此方風の葡萄酒を持ってこさせ、目の前の男性に薦めた。
アーカードは、旨いとも不味いとも言わないが、口元が緩んでいるところを見ると、気に入ったのだろう。一頻り堪能してから、質問に答えた。
「それは、私が決められる事ではないのだよ。お前の半身とやらが、此方に戻ってきたら、必然的に私も元の世界に戻るのだろう」
見知らぬ土地に来た事で混乱するような彼ではない。
陽子は、己の半身との器の違いに、彼の「主」である女性が羨ましかった。
「暫く滞在されるなら、良く十二国中を巡られるといい。貴方の牙に見合う化け物《妖魔》はごまんといるし、その【邪眼】なら、麒麟のように折伏もできるだろう。何、仮にアイツが戻って来れなくても、貴方が私の麒麟となるのだろう。麒麟がいない事で生じる身の危険は考えなくて良いということだ。貴方には迷惑かもしれないが、私は全く構わないんでね」
「それはそれは、随分と高く見られているらしい。出来損ないの吸血鬼《グール》以外の骨のある化け物どもがいるのなら、私の牙にかけたいものだな」
是非ともその姿が見たいな!と目を輝かせる少女を見て、昔の自分の主を思い出したのか、アーカードは珍しくも柔らかく笑った。
―――話の内容は、ひどく血生臭いのに、妙にほんわかとした空気であった。


「あ、そうそう、アーカード殿。私の半身なんですけどね。多分、当分帰って来れませんよ」
きっぱりと言い切る陽子に、何故かとアーカードは目線だけで尋ねた。
「アイツは、生まれてこの方、麒麟が起こせるという“鳴蝕”という時空を解き開くことをした事がないんです。だから無 理ですね」
スパッと切り捨てる陽子に、彼の半身という麒麟の身の上をこっそりと哀れんだアーカードであった。


「おいおい、隊長さんよ。あれって、本当にルーク・バレンタインなのか?」
早2時間に渡る追いかけっこをしながら、余裕の会話をする傭兵たち。何故だと尋ねる隊長に、部下はいう。
「こんな、美味しい狩りの得物をあの旦那が仕留め損うことはありえねーし、何より旦那がいつまで経っても出てこないじゃないか」
 俺達が雇われる前の英国国教騎士団付きの兵士達は、ヤツにトンでもない目にあったっていうのにですよ、と続いた疑問に、隊長と言われた金髪の青年はバッサリと切り捨てた。
「だったら、尚更旦那の登場を期待する場面じゃないな。俺達に追われてピーピー泣き叫んでいる程度のヤツならな。とっとと始末して、お嬢ちゃんの熱い“ちっす”を頂きに参りましょー♪」
「「「Yes,Sir―――!!!」」」
野郎共の、野太い声が街中に響いた。


『主上ーーーー、助けてくださいーー!』

はてさて、一体いつになったら、彼は陽子の元に戻れるのか。
獣型で逃げ続ける景麒が、鳴蝕を起こしそうな気配は無かった。

彼の長い一日は、当分終わりそうに無い。

《終劇(ぎゃっふん)》



おまけ。

「所でドクよ」
「は!何でありましょう、少佐!」
「新しい被験者を召喚させる“魔方陣”にアーカードが入ってしまったが、どうなるのだ?」
寒い冬場にも拘らず、汗を垂れ流す少佐に、ドクは違う意味で汗を垂れ流しながら弁明した。
「……残念ながら、中嶋陽子の召喚は叶わないかと……申し訳御座いません!!」
「そうか……あんなに殺戮が似合う【じょしこーせぇ】もいないと思ったんだけどなー」

少佐の目の前には、リアルなフィギュア二体があった。
一体は褐色の肌に青い瞳の金髪美女のSS将校服を着たもの。
そしてもう一体は―――。
赤味がかった肌に、紅髪と碧玉の美少女ヒ●ラーユーゲント隊の制服を着たものだった。

This fanfiction is written by RYOKU in 2005.

[無断転載・複製禁止] Reprint without permission and reproduction prohibition.


うわ〜い! 陽子とインテグラのフィギュアはわたしもほしーぞぉー!(殴#)へへへ・・・
さすがわ、りょくさんの陽子さんは逞しい☆
不良長寿を持つ皆様方には吸血鬼は恐れる必要も憧れる必要もないんですねぇ・・・
アーカードもこちらの人間とは違う反応は新鮮<だろうなぁv
のんきにお茶を飲んでいられる筈です。

逃げている景麒が何故かラブリーv
‖†††‖の記号使いが素敵だったので、まんまもらってきてしまいました。
十字架だけど・・・(笑)
4989(四苦八苦)のキリリクらしく、りょくさんには苦労させてしまったようです。
思わず踏んだ人間には勿体ないほどの作品を、ありがとうございました!
狙わないと取れるのかというと、そうでもないのですが、狙うと確実に取れないようで・・・(^^;ゞ

Albatross−珠玉作品蒐集部屋−
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