雁国における借金の作り方と返し方



「・・・・・・・・・・・・・・何をやってらっしゃるんですか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」

 怪訝そうな声で呟いた陽子は、おそらく、いや絶対、十中八九間違いなく呆れ果てていることだろう。
 その半歩後ろに控えている能面顔にも、あからさまな侮蔑の色が見える。
 六太は人知れず溜息をついて、がっくりと肩を落とした。

 あああ、絶対馬鹿にしてるんだろうな、俺たちのこと。
 俺も情けねーよ、こんな奴を王に選んでしまったなんて、―――って実際に選んだのは天帝だけど。

 普通はありえないよな。
 一国の主が雑踏の中、焼き鳥焼いてるなんて―――・・・・・・




*****




 事の起こりは三日前に遡る。
 その日も玄英宮は騒がしかった。
 むしろいつも以上に騒がしかった。
 騒ぎの原因はやはりというかお約束というか、雁国延王・尚隆と、その側近たち。
 大国雁を五百年以上に渡って支え続けてきた偉大な王は、何も知らない民たちの間では『稀にみる賢帝』などと囁かれているらしいが、その人をよく知る者から見ればなんて事は無い、常識知らずの煩悩の権化だ。


「この馬鹿王!!一体何だ!?この領収証は!!」
 執務室の扉を文字通り蹴破って飛び込んできたのは、雁国名物三官吏の中でも最も気質の荒いと思われる、猪突猛進型男・帷湍。大きく金が動く時以外は、経理関連は専門の下官に任せて口出ししないにもかかわらず、何故彼が数枚の領収証に目をつけたかというと、その発行元があからさまに怪しかった為、不正行為を訝しんだ下官が報告したためである。
「ああ、悪い悪い。たまたま持ち合わせがなくてな。」
 こめかみに血管を浮き立たせながら鬼のような形相で睨みつける様は、例え部下と言えども迫力がある。しかし、そんなことも慣れっこな王は、大して気にも留めてなさそうに片手を振ってみせた。
「持ち合わせが無いのなら、妓楼なぞに赴かなければよろしいでしょう?」
 しかも政務を放っぽり出して、と忌々しげに吐き捨てたのは、常に冷静沈着な玄英宮のブレーン、朱衡。その口元は優雅な笑みを浮かべているが、切れ長の目の奥に宿る光は、剣呑そのもの。果てしなく冷たい。
 しかしそれすらも慣れっこな王は、これまた大して気にも留めてなさそうに言ってのけた。
「妓楼でなければ、どこに吐き出せばいいのだ?お前の中でもいいのか?」

 その瞬間、辛うじて常温を保っていた室内の空気は、一気に氷点下へと急降下した。
「・・・・・・・・・・・・―――主上―――・・・・・・・・・・・・・・」
 ともすれば殺意すら篭っていそうな視線を受けて、そこで初めて王は動揺を見せた。

「あ、いや、身体で払おうとも思ったのだが、翌日から慶への訪問の予定が入っていただろう?」
 ・・・が、しかし。
 期待するだけ無駄であり、然程反省の色は見られない。

「どうしても妓楼通いは止められないのか?」
 すると、それまでじっと黙っていた禁軍将軍・成笙が静かに口を開いた。
 やたら騒がしく、やたら図体のでかいのが大抵の人の武官のイメージだろうが、彼に限っては寡黙で痩身。一見では到底武官には見えないが、数百年に渡り禁軍将軍として多くの武官を率いて来た実力者である。
 だがしかし。寡黙な所為か、それぞれ強烈な個性を持っている雁国上層部の中では、比較的印象が薄い。
 故に王は、
「お?成笙、いたのか。」
と、無慈悲な言葉と共に、驚きながら振り返った。
「・・・・・・・・・止められないのか?」
 表情の薄い顔がピクリと引き攣ったのは、見間違いではないだろう。
「無理だな。」
 しかし王はそれには気付かず、平然と応える。
「どうしてもか。」
 呆れたように浅く息を吐き出した成笙に代わり、未だ浮き立つ血管を押さえる術を知らない帷湍が低い声で問う。

 その怒りも別段深く受け止めていないであろう王の言葉は―――

「何だ?帷湍。嫉妬か?しかしお前とだとなぁ。どちらが攻めにまわったらいいものか、」





「阿呆か!!」





 ゴッ、という鈍い音と帷湍の怒鳴り声に遮られた。




「三日です。三日差し上げますので、その間にこの領収証の額面と同じ金額を工面して下さい。」

 角の欠けた硯が不自然に転がる横で、顎を押さえながら蹲る王に、朱衡の無情な言葉と領収証が投げつけられた。




「・・・・・・・・これは上乗せされたな。俺は三人しかとってないのに・・・・・・・・・・・・」


 領収証を片手に、王が渋面を作って苦々しく呟いた頃には、既に三官吏の姿はそこにはなかった。





 ちなみに、冢宰である白沢などは、あまりに見慣れた光景に我関せずを貫き通して―――・・・ならまだいいが、堂室の隅で香ばしい温茶を啜りつつ、微笑ましげに成り行きを見守っていたという。




*****




「何やってるって、見ればわかるだろう。屋台だ。」
 先程の陽子の質問に、尚隆は器用に手を動かしながら答える。
「そりゃ分かりますが、私が聞きたいのはこうすることに至ったまでの経緯を知りたいわけで・・・」
「ん?何だ?俺の過去が知りたいのか?そーかそーか、陽子は俺に興味があるんだな?」
 問答をするのも疲れる、といった風情の陽子に、尚隆は懲りずに軽口を叩いている。
「寝言は寝てから言ってください。」
 しかし、そこは陽子。容赦ない一言で尚隆を黙らせた。

 肉脂の焼ける香ばしい匂いは食欲を誘うのか、時折通行人が物欲しげな視線を投げかけてくる。
 とはいえ、麒麟にとっては禁忌の匂い。俺ですらこみ上げる吐き気を抑えるのに必死で、景麒に至っては今にも倒れそうだ。

「・・・まあまあ、そうカッカせずに、つくねと皮、どっちがいい?」
「・・・・・・・・・・つくね。」
 気を取り直して親しげに話しかける尚隆に、どうやらお腹を空かせていたらしい陽子は渋々答えながらも、どことなく嬉しそうだ。

 漸く戻ってきたほのぼのとした雰囲気も、しかし、
「景麒はどうだ?」
「結構です。」
再び尚隆の手によって、殺伐としたものに変えられる。




 はちまきを巻いて腕まくりをしている男は上機嫌に蓬莱の食べ物を焼いていて。
 小柄な美少年は複雑な表情でそれを食べていて。
 頭に布を被った長身の男と少年は、どちらも青ざめた顔をしていて。

 共通点のなさそうな四人が微妙な空気を醸しだしながら集まっていると、例え食欲をそそる香りを漂わせていても近寄ってくる客はいない。

 ―――朱衡が与えた期限は今日までだけど、大丈夫か?

 借金の返済どころか採算が取れているかどうかも怪しい尚隆の商売に、ただえさえ萎えていた気分が一層沈む。


 そんな中、

「あ、おいしい、です。」

 呟かれた陽子の一言が、少しだけ六太の心を浮上させた。


This fanfiction is written by Kawano Kappa in 2004.

[無断転載・複製禁止] Reprint without permission and reproduction prohibition.


 河野河童様宅「まほろばの里」でプチキリ369489を踏んで頂きました。
そんな暇がどこにあったんだ、という突っ込みはなしで・・・(^^;ゞ
「三郎串焼く」のゴロ合わせに河童様に大いに受けて頂きました。
これをそのままリクにして頂いた作品です。さっと考えついて書き上げるその才能も欲しいです〜!

▼河野河童様宅のBBSは画像アップが出来るので、証拠写真で遊んでみました。

焼き鳥を焼く尚隆って似合いますよね〜ぇvv
皮はタレで、砂肝や軟骨は塩で食べたい、お酒も欲しい・・・、ああ、焼鳥屋に行きたいなぁv←どこのオヤジだ?
焼鳥屋に一緒に行くなら尚隆ですね!←をい!

玄英宮三人組の説教にも堪えないのが尚隆、平然と焼き鳥を売ってても読者は誰も驚きません。事実を知った雁の民は嘆くかも知れませんが、民意の具現、慈悲の麒麟であらせられる台輔が一人で堪えて下さいます。(笑)
それにしても、冢宰の白沢、いい根性をしていますね。目立たないけど、実は玄英宮では最強というのも嬉しいカモ♪
そして、陽子が格好可愛いですvv
わたしは河童様のコメディも好きなのですv
確かに、このリクではコメディにしかなりませんが・・・

河童様へのリク作品は当然尚陽だろうと期待していたのですが、余所の尚陽サイト様で尚陽派ではないというわたしの発言を覚えて下さったが故のお気遣いを頂いてしまいました。ありがとうございます。
次回は尚陽作品を頂くために、より一層の精進をしま〜す♪(わたしは陽子ファンv)

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