子供のままで・・・−亜美様−



「あれ?」
桂桂は、足を止めた。
向こうの回廊を行くのは、威厳のある男の姿。
桂桂は、その男を理不尽にも毛嫌いしていた昔の自分を思い出した。
当時は当時なりに理由はあったのだが、今となっては、それは誤解であったことがはっきりと判る。
その男───和州侯柴望は、仕事熱心だし、陽子も大切にしてくれるし、自分にも時々声を掛けてくれる。
穏やかで、威厳のある姿は、今では好ましく、自分も大きくなったら、あんな風に頼りがいのある大人になりたいな、とか、内緒だがもう記憶にも残っていない父とだぶらせて見たり。あんなお祖父さんがいたらなぁ、などと考える事もある。
───これは本当に内緒だけど。
桂桂は内心舌を出した。
柴望は、そんな風に見られていることなど知らず、角を曲がって消えていった。
───あ、あっちは浩瀚さまの書房だ。浩瀚さまに会いにいらしたんだ・・・・
「でも浩瀚様は今日はお仕事でお出かけ・・・」
───教えてあげないと。
今日は戻らぬということを知らなければ、柴望はきっといつまでも、いつまでも浩瀚の戻りを待っていることだろう。昔の上司にも忠実な彼が、まるで捨てられた子犬のようにしょんぼりとしている姿が脳裏に浮かんで、桂桂はくすり、と顔をほころばせながら、柴望の後を追った。



浩瀚の書房の扉は薄く開いており、桂桂はその隙間から中を伺った。
「柴望さま・・・?」
綺麗に整頓されたその部屋の中に、男はいた。
───何をなさっているのだろう?
柴望は、筆を手にとっていた。
───?
筆をそっと置いた柴望は、卓子を撫でた。
───??
そして、桂桂は固まった。
───卓子にほお擦りしてる・・・
───!卓子に、接吻してる!
───うわ〜うわ〜!!椅子にすりすりしてる〜!!!
いつもの威厳はどこへやら、今まで桂桂が見たことも無いくらい崩れた顔がそこにあって───
桂桂は、戸口からよろめくようにして後ずさった。
「・・・へ、『変態』、だ・・・」



『変態』というその聞きなれない言葉は、陽子に教えてもらった蓬莱の言葉だ。
陽子は言っていた。
「いいか?桂桂。世の中の大人には変な奴がいるんだから。変態は伝染るから、絶対近づいちゃいけないぞ」
うん、わかったよ、そう答えたのは何時のことだったか───
それが、まさか、この金波宮の中でのことなんで思いもしなかった。
それが、まさか、尊敬の念を抱き始めた人のことだなんて思いもしなかった。
───あんな大人になりたいと、そう思っていたのに。
園庭の中をよろめきながら歩く内、木々が切れ、ぽかりと空の見える池のほとりへと辿り付いた。池の水で顔でも洗おうか、頭でも冷やそうか、とそう思ったとき、聞き覚えのある声が聞こえた。



「御覧の通り俺も半獣だ」
頼もしいその声は、禁軍将軍の声。
そっと茂みから覗いてみると、いつもより少しくぐもったようなその声の訳は、彼が熊の姿をしているせい。
王宮の中では、めったに獣の姿をとらないが、半獣であるということは皆知っている。
昔は、半獣の将軍を悪く言う人もいたようだが、今では皆、将軍に信頼を置いている。
それは、彼が半獣であろうとなかろうと、それを乗り越えてきたという心の強さだろう、と桂桂は思う。そして、彼の心の強さと大らかさを尊敬している。勿論、力の強さも憧れだ。
───大きくなったら。
自分もあんなに強い人になれるかしら、と思って、桂桂は思い出した。
───ああ、そうだ。将軍に教えなきゃ。
───陽子は『変態は伝染る』っていったてから。
───あの人と親しい将軍にまで、『変態』が伝染っては大変だから。
でも。
「そうか・・・そんな苦労を・・・」
話の相手は、ねずみの姿をしている。あれは、陽子のお客さまで楽俊という男の人だろう。
───きっと大人同士、難しいお話をなさってるんだろうな。
声を掛けようとしたが、話の邪魔するのも憚られて。
じっと話の切れ間を伺っていると。
「うお〜!」
突然木亘鬼隹が吼えたので、桂桂は茂みの中でびくりと震た。そして、そっと覗くと。
「お互い、苦労をしたよなあ〜」
「せ、青将軍」
熊がねずみを襲っていた。
───わあ!楽俊さんが食べられちゃう!
熊がねずみに覆い被されば普通そう思うだろうが、桂桂とて立派な常世の子。獣の姿をしていようと、中身は人であることなど判っている。中身は立派な、正丁同士。
───正丁の男。
───男同志・・・
───男同志で野合・・・
そのように桂桂には見え、顔を蒼ざめさせた。
「し、しょうぐんも『変態』だったんだ・・・」



───もう何も信じられない。
桂桂は、足元が崩れてゆくような気持ちがした。
───あの州侯が、あの将軍が。
───憧れ尊敬していた大人たちが。
───陽子のいう『変態』だったなんて・・・
早く大きくなりたかった。強くなりたのか、賢くなりたいのか、判らなかったけど、早く大人になって、陽子の役に立ちたかった。陽子を守りたかった。例えば、和州侯のように。例えば、禁軍将軍のように。
「はあ〜、僕はどうしたらいいんだろう・・・」
いまだ頼りない細い肩をがっくりと落として、桂桂はこれまでに無いほど深い溜息をついた。
と、その時。
日の光をさんさんと浴びた陽子の紅い髪が、木々の隙間から見えた。
「あっ、陽子だ!」
陽子は供もなく、一人であちらの四阿にゆく様だ。
報告、というか、相談してみよう、そう思って桂桂はその後を追った。



四阿には、先客がいた。襦裙と裁縫道具を抱えたまま眠っている鈴だった。
風の通るこの四阿でのほうが仕事がはかどるとでも考えたのか、しかし、それは裏目に出たようで、鈴は陽子が小さく声を掛けてもぐっすりと眠っているようだった。
すると、陽子はそれ以上鈴を起こそうとはせずに、辺りをきょろきょろと窺った。
「?」
いつも凛々しい、桂桂の憧れて止まぬ彼女に似合わぬ不審な所作に、桂桂は思わず木陰に隠れてしまった。息を潜めた桂桂が見守る中、陽子は鈴に向かってその手を差し伸べ───
「!」
鈴の襦裙の袷からそっと手を差し入れた。
───鈴の胸を触ってる〜!
陽子はそのまま、じっと身動きもしない。何のことは無い、ただ己のそれと比べて豊かな鈴の胸の感触にショックを受けて固まっているだけなのだが、遠くから覗く桂桂にしてみれば、陽子がその行為に没頭しているように見え───
桂桂の目から、ぽろりと、大きな涙が零れ落ちた。
───陽子は鈴が好きなの?
───女の人同志なのに?
───男の人はだめなの?
「そうか・・・陽子も『変態』だったんだ」
桂桂は、溢れてくる涙を堪える事が出来なかった。くるりと踵を返し駆け出した。
───僕が大きくなっても、男じゃダメなんだね・・・
───きっと陽子は振り向いてはくれない。
───だったら。
「だったら、もう───」
それでも、陽子の側にいたい。
『変態』な大人になるのは嫌だけど。
だから、このままで。
子供のままで。
「もう、大人になんかなりたくない」



翌朝、虎嘯が顔を顰めてやってきた。
「どうしたんだ、そんな難しい顔して」
「う〜ん、桂桂がな」
「桂桂が?」
「仙籍に入りたいと、云うんだ」
「ええっ?」
「大人になんかなりたくないんだと」
その場にいた大人たちは顔を見合わせた。
「何かあったのかなぁ?」
「何があったんだろうなあ」
大人たちは首をかしげた。
柴望も、木亘鬼隹も、陽子も───大人たちには桂桂の気持ちなど判る由もなかった。



〜〜〜赤楽四年、桂桂と申す小童仙籍を給わり、之永く上に仕えん。
〜〜慶史赤書より

This fanfiction is written by AMI in 2003.

[無断転載・複製禁止] Reprint without permission and reproduction prohibition.


<亜美様の後書き>
えへへ〜、如何でしょうか?「桂桂仙籍に入る」
あっ、怒っちゃいけませんてば、もうマジメな方ね〜vv
まさか、これを欲しいという方はおられないでしょうが・・・
最後の作品が、これってどうよ、という気もしますね。
まあ、こういうのが、本来の私のノリです。
本当は禁じ手で「桂桂死す」が書きたかったんですが、流石に無理でした。
でも、どうしてもはーさまを困らせてやろう、と思ったので、桂桂を仙籍に入れちゃうことにしました。
(皆様も、はーさまの未来系蘭桂さまをご存知でしょう?桂桂が子供のままだと困りますよね〜v)
桂桂には、大きくなって慶国を支えて欲しいような、子供のままでいて欲しいような。
皆様は、どうですか?

念の為。
このお話は、(無関係な人に迷惑をかけない)変態さんや同性愛者について
否定する意図で書いたわけでは決してありません(笑)。


<管理人の蛇足>
もらってきちゃいましたv
だって〜、ぎりぎりの人柴望が登場しているんですよ〜!
わたしが持っていかないわけがないではないですか(笑)
彼が気にいちゃって、真面目な柴望はわたしが引き受けるとお約束したこともありました。
それに、今回は鈴の胸に触る陽子が気に入っちゃって・・・。うふ〜ふ〜
わたしは、はーさまの未来系蘭桂に毒されている口ですから、成長して欲しいです。
でも、この桂桂もいいんですよねぇ・・・


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